福岡伸一が「コロナ新時代への提言2」で語ったこと(BS1)

哲学
ゆるい
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こんにちは!大学院で教育哲学を研究する中学教員のあつくてゆるい(@atsukuteyurui)です。

この記事では、BS1で放送された、
「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」

から、福岡伸一氏のパートをまとめたものです。

生物学者の福岡伸一氏は、コロナウイルスに翻弄される現代の状況について、何を語ったのでしょうか?

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コロナ禍でもう一度読み返してみたい本「風の谷のナウシカ」

青山学院大学教授で、生物学者の福岡伸一先生。


『生物と無生物のあいだ』や『動的平衡』などの著書が有名です。



福岡氏が、今回のコロナ問題でもう一度読み返してみたい本として、漫画版の『風の谷のナウシカ』を挙げます。


風の谷のナウシカは漫画版と映画版があり、有名なのは映画版ですが、実は映画版で描かれているのは漫画版の序盤のストーリーにすぎません。


漫画版は映画版よりもずっと長く、さらに過酷な旅路を描いています。


漫画版、風の谷のナウシカの舞台は未来。超高度な科学技術を持つ人類が起こした「火の七日間戦争」により文明が失われた世界です。

BS1「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」より


そこでは、猛毒の大気を撒き散らす菌類の森「腐海」が人類の生存を脅かしています。

BS1「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」より

腐海はそこに住む巨大な蟲(むし)たちの移動により拡大し続けています。


その中で、人々は残されたわずかな土地を巡り、戦争を繰り返します。

BS1「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」より


人と人、人と虫とが殺し合い、皆が死の恐怖に怯える世界。


主人公のナウシカはあらゆる命と共に生きようと奮闘します。

BS1「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」より



そして物語の最後、失われたはずの文明が残されていた墓所へ、ナウシカはたどり着きます。

BS1「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」より


しかし、ナウシカはその墓所を破壊してしまうのです。

BS1「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」より


このナウシカの世界と現代のコロナウイルスの脅威は、人々に死への恐怖や、不安や怒りを与えているという意味で、重なります。


また、コロナ問題は人間の文明を焼き尽くすまではいかないものの、非常に大きな形で揺るがせたということも、重なる点があると福岡氏は考えます。 



また、

ラストシーンでなぜナウシカは墓所を破壊して、去ってしまうのか?


この問いも、ナウシカの物語、そして現代のコロナ禍を読み解く上で、重要な問いであるようです。

「ロゴス」によってありのままの自然「ピュシス」から一歩外に出た人類

「ピュシス」と「ロゴス」

BS1「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」より

次にナウシカの物語、そして現代のコロナ問題を分析する上で、福岡氏は「ピュシス」「ロゴス」という、2つのキーワードを紹介します。

ピュシス→ギリシャ語で「自然」

ロゴス→ギリシア語で「言葉・論理」



「ピュシス v.s. ロゴス」が、この文明社会の中の人間を捉え直す上で、重要な言葉であると言うのです。

ありのままの自然「ピュシス」から外に出た人間

BS1「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」より

まず、この世の全ての生命は、人間も含めありのままの自然ピュシスとして存在しています。


ピュシスとしての生命というのは気まぐれで、一回限りで、本来はコントロールできないもの。


しかし、人間という生物はこのピュシスとしての生命から初めて一歩外に出た生物ではないかと福岡氏は考えます。


つまり人間は生物の中で、唯一遺伝子の掟から自由になれた種だと言えるのです。





本来、生物には「種の存続」という至上命令であり、生命は種の存続のためのツールでしかありません。


けれども、人間は、この遺伝子の束縛に気付き、そこから自由になる方法を選び取りました。


そして、それが人という一人の生命、基本的人権の基礎にもなる考え方に到達したわけです。




では、なぜ人間だけがこんなことが可能になったのでしょうか?


それが「ロゴス」というキーワードにあると福岡氏は述べます。

人は「ロゴス」によって、文明を切り開いてきた

BS1「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」より

「ロゴス」とは、ギリシャ語で「言葉」や「論理」を意味する言葉。


人間だけがロゴスを持ち、つまり言葉持ったが故に、文明や社会や経済、様々な制度を作り出してきました。


そして、そのこと自体は人間を発達させ、発展させ、社会を推進させたわけです。





しかし、今我々のロゴスのあり方は岐路に立たされていると、福岡氏は警鐘を鳴らします。


つまり、我々はロゴスに頼りすぎてはいないだろうか?ということです。


私たちは完全にロゴス化された社会で生きることはできないし、完全なピュシスの波に飲まれることもできない。

ピュシスとロゴスの両者の間でうまく生きるしかない


これが本当の意味での自然環境との共存なのです。

ゆるい
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冒頭でナウシカの物語が紹介されましたが、これも「ピュシス v.s. ロゴス」という構図で読み解くことができます。

つまり、ナウシカがラストで墓地(文明の象徴)を破壊したのも、ロゴスに頼りすぎた高度な文明が、本来のピュシスの在り方からあまりにも逸脱しまっていたからだと読めるのです。


さて、ここでありのままの自然「ピュシス」というキーワードが出てきました。


このピュシスの視点をもつと、我々が恐れる「ウイルス」の違う一面が見えるのです。

「ピュシス」の視点で見る、ウイルスの一面

ウイルスには利他性がある

BS1「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」より

人もウイルスもありのままの自然(ピュシス)として見つめた時、新しい世界が見えてくる。


このように話す、福岡氏。




そもそも、ウイルスは生命の大いなる歴史の初期に現れたものではなく、高等生物が生まれたずっと後に遺伝子がちぎれて、体の外へ出ていった「かけら」だそう。


そして、様々な生命の間を渡り歩き、遺伝子をやり取りしながら変化してきたこのウイルスの営みこそが、利他的なのです。




普通、生命は親が子供を作り、子供が孫を作るというように、垂直にしか情報は伝達していきません。


しかし、ウイルスはある種aからある種bへと乗り移る時に、a という種の遺伝子の一部を奪い取って、 bという種に引き渡す。


水平に情報を広げる力があるというのがウイルスの利他性の一つなのです。


また、ウイルスのもう一つの利他性は、宿主の免疫システムに絶えず何らかの刺激を与えること。


これによって宿主の免疫システムを調整している。




これは腸内細菌などにも言えるが、腸内細菌は単にそこにいて人間が食べる栄養素を掠め取ってるだけではなく、常に小腸や大腸から、免疫システムに一定の刺激をあたえ、宿主の免疫システムを調整しているのだそうです。

ウイルスは生命の一部。ウイルスを「ロゴス」で完全制圧などできない

ウイルスは本来は我々の生命の一部だし、我々の友達でもあるし、そういったウイルスはこの世界に無数にいるはずなんです。


ウイルスというのはどこにでもいて、その中のごくわずかなウイルスが感染すると、発熱したり、免疫系を揺さぶって病気をもたするものがいる。


これからだって、どんどんどんどん新しいウイルスは出現してくるだろうし、いろんなウイルスに私たちは出会うことになるのです。




そのようなウイルスを、完全に制圧したり、撲滅したり、ウイルスに打ち勝つという風なことは不可能だし、そういったことを求めるべきではない。


しかもそれをアルゴリズムや、データサイエンスなどロゴスによって、ピュシスとしてのウイルスを完全制圧するということは不可能なことであると、福岡氏は考えます。

行き過ぎたロゴスは破綻し、ピュシスの逆襲を受ける

BS1「コロナ新時代への提言2 福岡伸一×藤原辰史×伊藤亜紗」より

私はパワーを求めないことが真のパワーだということを、ナウシカが発見したんだじゃないのかなという風に思いました。

ナウシカの物語について、このようにコメントする福岡氏。


人間の文明は人間が言葉、論理などある種の虚構であるロゴスを発見したことで発展してきました。


ロゴスの本質は論理、効率性、生産性そしてアルゴリズムによって達成される最適解で、我々が AI を使って求めようとしている方向でもあります。


そして、このことが行き着く先は、完全に制御された我々の暮らしであり、究極のロゴスの神殿です。


(ナウシカが否定した超高度な文明の世界のようなものを、我々は目指していると考えることができます)




しかし、それはピュシスとしての我々の生命のあり方を完全に損なってしまうものでもあります。


完全にコントロールなものとして成り立っている文明を、ナウシカはそれは本来のピュシスのあり方ではない、もう一度やり直すべきであると考え、破壊したのではないかと福岡氏は解釈します。



「人間は愚かで、これまで同じ過ちを繰り返してきたし、これからも繰り返していくであろう」と前置きをした上で、福岡氏は、

ロゴス的に走りすぎたことが破綻してピュシスの逆襲を受けたような事が過去何度もある。ロゴス的に行き過ぎた制圧は必ず破綻して、物質があぶり出されてくるということを覚えておかなければいけない。


と述べ、番組を締めくくるのでした。

藤原辰史氏のパートは以下の記事にまとめています。