「環境問題に関心があるが、断片的にしか理解していない」
「問題意識はあるが、どこから始めたらいいの?」
そんなあなたへ。環境問題についての認識を一新させてくれる1冊を紹介します。
- 書籍名:地球の未来のため僕が決断したこと
- 著者:ビル・ゲイツ (著), 山田 文 (翻訳)
- 出版社 : 早川書房
- 発売日 : 2021/8/18
- 言語 : 日本語
- 単行本 : 336ページ
暴風雨、高潮、干魃、感染症の拡大…。気候大災害が今世紀中に奪う命の数は、COVID‐19の5倍にものぼる。惨劇を避けるため、ビル・ゲイツは科学、経済、政治の専門家と協力して気候変動解決のブレークスルーを探し求め、来るべき世界の姿を思い描いてきた。10年にわたるその取り組みは、あらゆる人が科学文明のもたらす豊かさを享受できる「本当に持続可能な世界」を指し示している。今なお世界の最先端をリードするテクノロジーの巨人が、我々が歩むべき前進の道を提示する。
紀伊国屋書店 内容紹介より
『地球の未来のため僕が決断したこと』を読み、思考せよ。
【書を読む】要約・ポイント
本のなかで印象に残った箇所を5つ引用します。難しいと感じる人は、要約・ポイントだけでもお読みいただき、本書のアイデアにぜひ触れてみてください。
要約・ポイント①
温室効果ガスの排出量「510億トン/年」を「ゼロ」にする必要がある
気候変動について知っておくべき数字が2つある。ひとつが510億、もうひとつがゼロだ。510億は毎年、世界の大気中に増える温室効果ガスのトン数である。年によって多少の増減はあるが、おおむね増加している。これが “現状” だ。
『地球の未来のため僕が決断したこと』ビル・ゲイツ著 p9〜10
ゼロは “これから目指さなければならない” 数字である。温暖化に歯止めをかけ、気候変動の最悪の影響を避けるために(極めて深刻な影響が予想される)、人類は大気中の温室効果ガスを増やすのをやめる必要がある。〔…〕
僕は、状況は変えられると信じている。必要な道具の一部はすでにある。まだないものについても、気候と科学技術について学んだことすべてから、今後発明して展開できると僕は楽観視している。素早く行動すれば、気候の悲劇を避けることができるのだ。
何が必要で、なぜ僕は状況を変えられると思っているのか、それを論じるのが本書である。
要約・ポイント②
気候変動対策は、人間のすべての活動を考えて行うべきである
ものをつくる(セメント、鋼鉄、プラスティック) | 31% |
電気を使う(電気) | 27% |
ものを育てる(植物、動物) | 19% |
移動する(飛行機、トラック、貨物船) | 16% |
冷やしたり暖めたりする | 7% |
気候変動に対処する包括的計画について語るときには、温室効果ガスを排出する人間の活動をすべて考慮に入れる必要がある。電気や自動車などが注目されがちだが、それらは出発点にすぎない。(上の表を参照)〔…〕
『地球の未来のため僕が決断したこと』ビル・ゲイツ著 p78〜79
いい知らせがある。電気は問題のわずか27%に過ぎないが、解決策の中では27%を超える割合を占められる。クリーンな電気があれば、炭化水素燃料として燃やす(結果として二酸化炭素を排出する)必要がなくなるからだ。電気自動車や電動バス、家庭や職場の電気冷暖房、製造の際に天然ガスの代わりに電気を使うエネルギー集約型の工場などを考えてもらいたい。クリーンな電気は、それだけでゼロを達成できるわけではないが、ゼロに向かう重要な一歩になる。
要約・ポイント③
化石燃料には環境破壊のコストが入っていないので安く見える。炭素ゼロを目指すには追加コスト「グリーン・プレミアム」を受け入れなければならない
世界が大量の温室効果ガスを排出しているのは、利用可能なエネルギー技術のなかで、現在のものが(長期的な被害を無視すれば)概して最も安いからだ。〔…〕炭素ゼロのソリューションのほとんどは、それに対応する化石燃料の手段より高くつく。ひとつには、化石燃料の価格には環境破壊のコストが反映されていないため、ほかの手段よりも安く感じられるからだ。追加でかかるこのような費用を、僕は “グリーン・プレミアム” と呼んでいる。
『地球の未来のため僕が決断したこと』ビル・ゲイツ著 p83〜84
要約・ポイント④
イノベーション×資本主義の力で、温室効果ガスの排出を下げつつ、経済発展も目指していくべきだ
グリーン・プレミアムを下げる必要がある。僕の考えでは、これが最も重要だ。中・低所得国が排出を削減し、最終的にゼロにするのを助ける唯一の方法であり、それを実行に移すには豊かな国、とりわけアメリカ、日本、ヨーロッパ諸国が先導しなければならない。そもそも世界のイノベーションのほとんどが起こるのは豊かな国だ。
『地球の未来のため僕が決断したこと』ビル・ゲイツ著 p292
また、非常に重要な点がひとつある。世界が払うグリーン・プレミアムを下げるのは、慈善事業ではないということだ。アメリカのような国は、クリーンエネルギーの研究開発への投資を、世界に対する厚意としてのみ考えるべきではない。科学においてブレイクスルーを起こし、新しい企業からなる新しい産業を生み出して、雇用創出と排出削減に同時に取り組めるチャンスでもあると見なすべきだ。
要約・ポイント⑤
炭素ゼロの代替物にお金を払う意思があるというシグナルを市場に送るべし
あなたにできる最も効果的なことは、自分自身の炭素排出を減らすことではない。みんなが炭素ゼロの代替物を望んでいて、それにお金を払う意思があるというシグナルを市場に送ることだ。普通よりも高いお金を出して、電気自動車、ヒートポンプ、植物由来のハンバーガーを買うときには、「これには市場があります。買います」と言っているわけだ。それなりの数の人が同じシグナルを送ったら、企業はそれに反応する。僕の経験からいえばかなり素早く反応する。 さらなる時間と資金を投入して、低炭素製品の製造に取り組み、その結果、そうした製品の値段が下がって広く普及しやすくなる。それに投資家は、ゼロ達成に役立つブレイクスルーを開発している新企業に自信をもって資金を投じられるようになる。
『地球の未来のため僕が決断したこと』ビル・ゲイツ著 p298
このような需要側の意思表示がなければ、政府と企業が投資しているイノベーションは活用されない。 あるいはそもそも開発されなくなる。開発する経済的なインセンティブがないからだ。
【思考する】書評・感想
環境問題へのホリスティックな視座が手に入る名著
10年以上前、私はケン・ウィルバーの「インテグラル理論」—— 世の中に存在する、あらゆる学問領域を俯瞰し、それらを1つのインテグラルマップ(統合的な地図)に位置づけ、万物の全体像を捉えようとする壮大な試みと出会いました。
それは、人生で何度とないであろう大きなパラダイムシフトが訪れた瞬間。以後、物事の断片ではなく、全体像や各部分の相互関係を示してくれる “ホリスティック(全体論的)” なアプローチに、魅了され続けています。
今回紹介する『地球の未来のため僕が決断したこと』もまさに、人類の運命を左右する環境問題をホリスティックに捉えた1冊。ビル・ゲイツはこの複雑な難問の全体像を理解し、各要素がどのように相互に作用するかを、工学的かつロジカルな視点から鮮やかに描き出します。
たとえば、すでに示した「人間の活動によって排出される温室効果ガスの量」の内訳。これを知るだけでも、本書を手に取る価値は十分にあると思います。(大事なので再掲)
ものをつくる(セメント、鋼鉄、プラスティック) | 31% |
電気を使う(電気) | 27% |
ものを育てる(植物、動物) | 19% |
移動する(飛行機、トラック、貨物船) | 16% |
冷やしたり暖めたりする | 7% |
環境問題といえば「太陽光発電」や「電気自動車」など、浅い知識を断片的に持っていることが多いです。しかしながら、毎年排出される 510億トンの温室効果ガスのうち、電気は27%、移動は16%。もちろんこれらは決して小さくはありません。他方で「セメント」や「畜産」がこれほど大きな温室効果ガスの排出源になっているとは、この本を読むまではまったくの盲点でした。
また、これらの問題は複雑に相互作用しています。そのボトルネックの1つはやはり「電気」だという事実も興味深かったです。というのも、移動や暖房などのエネルギー源として、本来化石燃料を使っていたところを、電気に代替するというアプローチはいろんなところで取れるから。
ただし、その電気を生産するのに化石燃料を使っていたら本末転倒なので、やはり太陽光などクリーンなエネルギーに代替していく必要があります。けれども、太陽光パネルの生産には大量の資材が必要で、その生産のためにもまた温室効果ガスが発生する…。
とまぁ、こんな感じで物事はとても複雑。地球温暖化という問題を解決するためには、個別の解決策だけではなく、それらがどのように組み合わさり、相互に影響し合いながら全体として機能するかを考える必要があります。
この記事では本書の概要に触れるにとどまりますが、実際には、各解決策についてビル・ゲイツの豊富な工学的知識にもとづき、具体的かつ詳細にわかりやすく説明されています。
炭素回収、核融合、スマートガラス etc…
「こんなテクノロジーが存在するのか!」という驚きや発見も、本書の大きな魅力です。
資本主義は地球を救えるか
この本はまた、科学的な視点だけでなく、政治・経済の世界にまで私たちの視野をさらに拡張してくれます。中でも、発展途上国の経済発展と環境対策の両立の必要性を訴えている点が印象的で、これは長年にわたり途上国支援に力を注いできたゲイツならではだと感じました。
とはいえ、途上国が従来の方法で経済成長を追求すると、温室効果ガスの排出増加は避けられません。こうした問題に対し、ゲイツはイノベーションの重要性を強調し、資本主義を活用して投資を促し、気候変動に立ち向かう社会を構築しようと “楽観的に” 提案しています。
しかしながら、資本主義とはそれほど万能なのでしょうか?私たちは資本主義の恩恵を多分に受けており、簡単にその代替システムを見つけられないと理解しています。一方で、短期的な利益追求と無限の成長欲求という資本主義原理そのものがまさに、環境問題の諸悪の根源に他なりません。
“リーマンショックを預言した奇跡の書” とも呼ばれる『エンデの遺言―根源からお金を問うこと』の中で、エンデは次のように批判しています。
「私たちがいつも耳にする提案は、システム自体は変えずに、それをちょっと賢くするとか、システムがもたらす結果を少しあとにずらそうというものばかりです。でもいつか限界がきます。ですから、システム自体が破滅をもたらすものであることを認識しなければなりません。そしてその病の原因の核は何なのかを問わなければならないのです。そうするといつも行きつくところは、この金融システムです」
『エンデの遺言―根源からお金を問うこと』河邑 厚徳 (著), グループ現代 (著) p46
彼は、金融システムの見直しを、まさに「人類がこの惑星の上で今後も生存できるかどうかを決める決定的な問い1」であるといいます。
「資本主義システムの見直しなんて、それこそが理想論でしょう」と言いたくなる気持ちはわかります。ただ、環境問題に真に立ち向かうには、さらにホリスティックな視点——すなわち、資本主義や科学技術などの既存の枠組みの外側へと抜け出し、経済システムや私たちの価値観そのものを見直すことが求められるのではないか。
ゲイツのアプローチは、大きな転換への一歩となり得ますが、より根本的な問題に対して、十分な答えを出しているのかは、議論の余地が残ると感じました。
まとめ
環境問題の全体像が俯瞰でき、「いますぐ行動せねば」という気持ちに駆り立てられる1冊。
フランシス・ベーコンの「知は力なり」という名言があります。環境問題において、私はさらにつけ加えたいと思います。
「知は力なり。ただし、その力が現実の変化を引き起こすのは、それに行動が伴った場合のみである」
戦争、大規模な山火事、人間の強欲が引き金となった環境破壊
ニュースに映る絶望的な状況を目の当たりにすると、ビル・ゲイツが提唱するような、環境問題に対して世界が団結するという理想は、あまりに遠く感じられます。そして、自分1人の力なんてあまりに無力だと、思えてしまうのも本音かもしれません。
けれども、過剰な絶望や悲観、そして知識の蓄積だけでは進展はありません。この本を読んだ以上、行動するしかない。私自身はできることから始めてみたいと思います。
- 環境問題の全体像を掴みたい
- 問題意識はあるが、どこから始めたらよいかわからない
そんな気持ちをもった人に、この本を手にとっていただけると嬉しいです。
【参考文献】
『地球の未来のため僕が決断したこと』ビル・ゲイツ著/早川書房
『エンデの遺言―根源からお金を問うこと』河邑 厚徳, グループ現代 著/講談社
なぜゼロなのか
道は険しい
気候について論じるときの五つの問い
電気を使う―年間五一〇億トンの二七パーセント
ものをつくる―年間五一〇億トンの三一パーセント
ものを育てる―年間五一〇億トンの一九パーセント
移動する―年間五一〇億トンの一六パーセント
冷やしたり暖めたりする―年間五一〇億トンの七パーセント
暖かくなった世界に適応する
なぜ政府の政策が重要なのか
ゼロ達成に向けた計画
一人ひとりにできること
おわりに 気候変動とCOVID-19