【書評】『センスの哲学』千葉雅也|餃子から紐解く、新たなセンスの磨き方

哲学

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小説を読んでいて、「これは一体何が言いたいのだろう」と首をひねったことはないだろうか。現代アートの展覧会に足を運んでみたものの、作品の意味がわからず挫折してしまった経験は?

そんなあなたにぜひおすすめしたいのが、千葉雅也著『センスの哲学』だ。

著:千葉 雅也
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本書は、「センス」という言葉を哲学的に掘り下げ、芸術作品の鑑賞から日常生活まで、私たちの「センス」の可能性を広げてくれる1冊。

著者は、センスを単なる才能や能力ではなく、ものごとを捉える姿勢や態度として再定義する。そして、芸術作品や日常の出来事を「リズム」として捉え、意味にとらわれすぎない鑑賞のあり方を提案している。

千葉氏は本書のスタンスを次のように明確に示す。

「これは何を言いたいのか」、「何のためなのか」と答えを求めることから離れて、リズム「だけでいい」という感覚になることがセンスの第一歩。これが本書のスタンスです。

『センスの哲学』千葉雅也著 p100

とりわけ響いたのは、この意味から離れて、リズムとして味わう鑑賞のスタイルだ。

小説を読み始めた頃、たとえば村上春樹の作品をはじめて手に取ったとき、その独特の文体や超現実的な展開、謎めいた象徴表現に戸惑った。

「これにはどんな意味があるのだろう?」「意味がわからない自分はダメだ」などと悩んだものだった。あるいは、感想を求められて「感動した」「すごかった」のような陳腐な言葉しか出てこない自分が嫌だった。

しかし、千葉氏は次のように鋭く指摘する。

全体としてどうかよりも、部分を味わうことを優先する。〔…〕
大意味にこだわらずに、小さな意味に注目する。キーワードにすると、「小意味」です。

『センスの哲学』千葉雅也著 p101

大きな意味や結論(大意味)を求めるのではなく、作品の細部や瞬間瞬間の感覚(小意味)を楽しむ。そして、それらの小さな意味のつながりや流れを「リズム」として感じ取ることで、作品をより豊かに味わえるようになる。

この考え方を知っただけで、それまで挫折してしまっていたような作品も随分楽しめるようになったように思う。

「意味」の呪縛から解放された時、鑑賞の仕方も、楽しめる作品の幅も広がる。結果として、自分の中にあるセンスの器が大きくなっていくわけである。

本書の魅力はこれだけにとどまらない。創作する際の心構えについても、興味深い視点を提供している。

モデルの再現から降りることが、センスの目覚めである。

『センスの哲学』千葉雅也著 p44

完璧な技術や既存のモデルの模倣にこだわるのではなく、むしろ「ヘタウマ」を目指すべきだという主張は、多くのクリエイターの肩の力を抜いてくれるだろう。

さらに、本書の後半では、AIと人間の創造性の違いについての洞察も展開される。

人間とAIはやはり違うと、少なくとも現時点では、言いたいと思います。おそらく最後に残るのは、生きた身体があるかどうかです。人間は生物です。生物としての、生きるために何かを求めるという衝動がある。コンピュータにそれはありません。

『センスの哲学』千葉雅也著 p201

こうした洞察は、AIの台頭に不安を感じている表現者たちに大きな勇気を与えるだろう。人間ならではの創造性、生きた身体から湧き出る表現の力強さを再確認させてくれるのだ。

最後に、この本自体が非常に読み物として面白いということも付け加えておきたい。

例えば、千葉氏は日常的な「餃子」の食べ方を通じて、リズムの概念を説明する。熱さ、食感、味の変化を「バンッ、ツー、バンッ、ツー」というリズムに喩え、「餃子は音楽なんですよ」と締めくくる。

こうした身近な例を用いた説明は、難解に思える哲学的概念を驚くほど分かりやすくし、読者を楽しませてくれる。

『センスの哲学』は、私たちの感性を解放し、世界をより豊かに味わうためのパスポートとなるだろう。その内容だけでなく、読む行為自体が新しいセンスの目覚めにつながる、そんな稀有な1冊なのだ。

著:千葉 雅也
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