「プラトンのイデア論について、とにかくわかりやすく教えてほしい!」
そんなあなたに向けて。この記事を読むだけで、プラトン「イデア論」の基礎・基本についてわかりやすく理解できます。
この記事はつぎの書籍を参照し、大学院でホリスティック教育、哲学を専攻してきた執筆者によって書かれています。 ・『岩波 哲学・思想辞典』(廣松 渉 編集/岩波書店) ・『国家』(プラトン著/岩波文庫) ・『史上最強の哲学入門』(飲茶著/河出書房新社)
【プラトン】イデア論、洞窟の比喩とは?わかりやすく解説
究極の理想の存在=イデア
簡単にいうならば、イデアとは現実とは別の世界(イデア界)にある“究極の理想の存在”のこと。
「現実世界は不完全でイデアの影」に過ぎず、哲学者は「完全で真実の世界であるイデア」を知るために探究すべきだとプラトンは考えたのです。
この「真理はある!絶対的な真理を探究すべきだ!」というプラトンの考え方は、師匠ソクラテスの教えを受け継いでいます。
イデアの影?イデア?
何か具体例はあるかしら?
一例として三角形のイデアで考えてみましょう。
以下に4つの三角形があります。質問ですが、これらは「完全な三角形」だと言えるでしょうか?
- 左上の岩の三角形は三角形ぽいだけで、ゴツゴツしてるし…
- 右上の道路標識みたいなのは、角がまるいし…
- 右下の楽器のトライアングルは角がつながってないし…
- 左下が一番まともな気もするけど、よく見たら線がなかぶつぶつ切れてる…?
どれも「究極の理想の三角形」とは言えないと思うなぁ…
では、この三角形はどうでしょう?これなら「完全な三角形」だと言えそうですか?
そうそう!これだよこれ!
これこそが完全な三角形!
でも、この三角形の角の部分を拡大してみたらこんな感じなんですが…
ぎゃあぁぁぁあぁ!!
めっさガタガタしてる!!!!!!
角もなんか四角いし!
そうなんです!一見完全にみえる三角形も、厳密にみれば「完全な三角形」とまでは言えません。というより「完全な三角形」なんて、そもそも現実世界には存在しないということも突き詰めるとわかると思います。
でも、私たちはなぜ「この三角形は完全ではない」と言えるのでしょうか?それは私たちが「完全な三角形」をイメージし、それと比較しているからではないでしょうか?
つまり「完全な三角形」は現実にはない…けれどもある…
このとき、
- 「完全な三角形」を「三角形のイデア」と呼び、イデア界に存在している
- 現実世界にあるものはイデアの影にすぎず、それらは常に不完全である
とプラトンは考えるわけです。
プラトンは「善」「美」「正義」などの抽象的な価値についても、現実界にある不完全なものに対し、イデア界にその真実の価値があると説きます。
イデアには「大そのもの」「小そのもの」や、「寝椅子」など物に対応するものなど、いろんな種類があります。中でもプラトンは「善のイデア」が最高のイデアであり、「イデアの中のイデア」としてイデア界に秩序をもたらすものであると考えました。
なお、もう一つプラトン思想で有名なものに想起説があります。
想起説では、
- 私たちは生まれる前にイデアを見ていたけれども、生まれるときにそれを忘れてしまう
- 私たちは生まれてから忘れられたイデアの記憶を「想い起こす」、つまり学習とは想起に他ならない
と考えます。
なお、プラトンのイデア論は時期によって変遷があり、後期の思想ではこの想起説は取り下げられます。このように、一概に「これがイデア論である」とは言いにくいところに注意をせねばなりません。
洞窟の比喩
イデア論を理解する上で、手掛かりになるのが有名な「洞窟の比喩」です。
彼は、著書『国家』の第七巻で、次のように説明します。
地下の洞窟に住んでいる人々を想像してみよう。明かりに向かって洞窟の幅いっぱいの通路が入口まで達している。人々は、子どもの頃から手足も首も縛られていて動くことができず、ずっと洞窟の奥を見ながら、振り返ることもできない。入口のはるか上方に火が燃えていて、人々をうしろから照らしている。火と人々のあいだに道があり、道に沿って低い壁が作られている。
『国家(下)』プラトン著 藤沢 令夫訳
これを簡単に表したのが以下の図です。
現実のわれわれは洞窟の奥で身動きが取れない囚人と同じであると、プラトンは言います。
つまり、
- 私たちが現実に見たり経験したりすることは真実ではなく、影にすぎず、不完全なもの
- 囚人が拘束を解かれて洞窟の外に出たとき、初めて本当の世界を知ることができる
なのです。
このことはゲームの世界でも例えることができるでしょう。
ゲームの世界というのはプログラムによって構築され、第三者の手によって操作される仮想の世界にすぎませんが、ゲームの主人公自身はそのことを知りません。
つまり、ゲームの主人公は、真実の世界を知るよしもないわけです。
また、映画『マトリックス』も現実だと思っていた世界が実は仮想の世界で、真実はその外側にあるというのがテーマになっており、この構図はまさに「洞窟の比喩」と同じであると言えます。
余談ですが、マトリックスの1作目は本当に名作なのでオススメ!
しかし、2作目、3作目とどんどん面白くなくなると感じるのは私だけでしょうか…涙
さて、現実世界とイデア界の対比、おわかりいただけたでしょうか?ところで、これを読まれたみなさんの中にも思う人もいるかもしれませんが…
え、イデア界なんて本当にあるの?
もし本当にあったとして、それが何の役に立つの?
みたいな疑問が浮かびます。プラトンの弟子、かの有名なアリストテレスも、まさにそのような疑問をもった1人でした。
アリストテレスとの対比
上の絵は、ルネサンスの画家ラファエロの作品である『アテネの学堂』。この絵の舞台となっているのは、プラトンの作ったアカデメイアという学園です。
この絵の中央で語り合う2人の男がいますが、左がプラトン、右がソクラテスだとされています。
2人の手を見ると、プラトンは天上を、アリストテレスは地上をそれぞれ指しています。これはプラトンがイデア界に真理があると主張したのに対し、アリストテレスは現実の世界に真実があると反論していることを示しているのです。
アリストテレスは、現実の世界を探究した哲学者。彼は万学の祖と呼ばれ、天文学、気象学、動物学、植物学、地学などの学問はすべてアリストテレスから始まっているといわれます。
アリストテレスの研究は
よく観察して、その特徴を整理してみよう!
というのがモットー。生物学、特に動物学の研究で大きな成果を上げていると言われ、数百種にわたる生物を詳細に観察し、多くの種の解剖にも着手したそうです。
イルカを哺乳類であると分類したのものアリストテレスだって!
へー!
この記事を書く上でも参考にさせていただいている飲茶さんは、「人智を超えた存在」をあるかないかで哲学の歴史を振り返ることができると述べています。
プラトンとアリストテレスの違いは、まさにこの2つの大きな流れの分かれ目にあると言え、後世に大きな影響を与えていくのです。
プラトンの影響
西洋の全ての哲学はプラトン哲学への脚注に過ぎない。
このホワイトヘッドの言葉にあるように、”もし〈プラトンの哲学〉を「プラトン主義」(プラトニズム)と呼ぶことができるとすれば、西洋哲学の歴史はたしかにプラトンの哲学の受容と影響の歴史である“との指摘がされています1。しかし、実際にどのような影響があったのかを正確に取り出すことはそれほど簡単ではないようです。
3世紀に成立した新プラトン主義(ネオプラトニズム)やその後の中世の哲学では、イデアは宇宙的な精神や神の精神のなかにある超越的なものとして捉えられ、ネオプラトニズムでは万物は一者(善のイデア)から流出したと考えられていました。
しかし近世になると、デカルトやイギリスの経験論哲学者たちによって、人間が心に思い浮かべる、意識的、心理的な「観念」を意味するようになります。
これは近代が人間中心主義的な考え方に変化してきたからなのですが、一般にギリシア思想におけるイデアという言葉は、このような近代的な「観念」の意味は含むものではありませんでした。
その後、カントにはじまるドイツ観念論の哲学では、イデー(Idee)2という言葉を、感覚や経験の世界を越えた理性の普遍的な形式としてとらえようとするようになり、よりプラトン的な意味に近づくことになります。
イデーをこうしたドイツ哲学的な意味でとらえる時は「理念」という訳語が用いられることが多いです。
まとめ
この記事では、プラトンのイデア論とは何か?わかりやすく解説というテーマに書いてきました。まとめると以下の通りです。
この記事で参考にしたのは以下の書籍です。
▼哲学・思想の決定版(分厚い)!高価なこともあり私はまだ購入できていませんが、近所の図書館で気になるページだけをよく読んで勉強しています。
▼有名な「洞窟の比喩」は、プラトン著『国家』の下巻に登場します。
▼“哲学”全般を学ぶ入門書として超オススメ。読んでいてとても面白い1冊。
なお『史上最強の哲学入門』は聴く読書”Audible(オーディブル)の無料体験で聴き放題。この本以外にも、哲学関連の書籍が入門書〜古典的名著までが多数聴き放題です。
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