新刊書店の扉を開けた瞬間、あの高揚感に包まれる。偶然の出会いが、人生を変えるかもしれない。そんな小さな奇跡への予感に、胸が高鳴る。早見和真の『店長がバカすぎて』は、そんな魔法のような書店の日常を、リアルに描き出す。本好きにはたまらない、書店の魅力が詰まった1冊だ。
主人公の谷原京子は、大手書店チェーンの契約社員。本への愛情を胸に、良書をお客様に届けることに情熱を注ぐ。だが、その情熱に水を差すのが、あまりにもバカな店長の存在で…。
的外れな朝礼、売上至上主義の圧力、追われる雑務、信頼するベテラン社員の退職。困難は次々と襲いかかる。それでも京子は、明るさと機転で立ち向かう。仲間と励まし合い、客の心に寄り添う。その奮闘ぶりに思わず吹き出し、苦悩に共感し、喜ぶ様にほほ笑む。
だが同時に、物語は書店の存在意義を問う。出版不況の今、再販制度で価格は硬直化し、ネット書店との競争は熾烈だ。書店の経営基盤は限界に近づく。リアルな書棚から本が消えゆく危機感が、ページの端々から伝わってくる。
経産省は「売れる本屋の作り方」を伝授するが、京子が示唆するのは、書店の在り方そのものを問い直すことの大切さだ。フランスでは、書店を文化の担い手と位置づける。書籍の価格を法律で規制し、Amazon の無料配送を禁じ、多様性を守ろうとする。「またお上の介入か」と眉をひそめたくなるかもしれないが、注目すべきは、その背後にある哲学だ。
フランスがリアル書店を保護するのは、単なる業界の利権のためではない。彼らは書店を、批評精神を培う「場」と捉える。効率や収益を超えた、書店の社会的意義を見出す。
私たちに求められるのは、売れるための「コツ」ではなく、書店という存在への「思想・哲学」なのかもしれない。
かつて私も、本の価値をその内容だけに求め、リアル書店に価値を見出せずにいた。足を運んでも、目当ての本があるとは限らない。あっても見つけるのに時間がかかる。しかも定価でしか買えない。非合理的に思えた。
だがある時、書店を訪れること自体がこの上ないエンタメなのだと気づいた。店主の選書眼に触発され、未知の本との出会いに心踊る。思いがけない言葉との邂逅が、新たな扉を開く。そうした体験の連続が、かけがえのない感動をもたらすのだ。せっかく本を買うのに、Amazon でポチってしまうのはもったいない。書店に足を運べるチャンスなのに!と今では真剣に思う。
タイパ、コスパという価値観の延長線上に、リアル書店の未来は描けない。私たちに必要なのは、書店の存在そのものを見つめ直す眼差しだ。京子の物語を通して、私たちは書店の裏側にいる人たちと出会う。それは、書店という場の価値を再発見し、書店への愛を深めるきっかけとなるだろう。
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