「あかいひかり とまれ、みどりのひかり すすめ」
この静かな言葉が紡ぐ詩的な世界。
茶色を基調とした落ち着いた絵の中で、鮮やかに浮かび上がる赤と緑。
マーガレット・ワイズ・ブラウンの繊細な感性と谷川俊太郎の美しい訳が織りなす空間は、信号機という日常の風景を小さな芸術に変えていきます。
寝る前の読み聞かせにぴったりの、時間が静かに流れる絵本です。
おすすめ年齢:3歳から

あらすじ
『あかいひかり みどりのひかり』(原題:The Red Light Green Light)は、朝の目覚めから夜の眠りまでを信号の光を通して描いた作品です。
「あかいひかり」と「みどりのひかり」が交互に現れ、町の営みを静かに見守る信号機。
トラック、車、馬、子ども、犬、猫、そしてネズミ。それぞれが自分の道を通って、朝になると出かけていきます。赤い光で止まり、緑の光で進む—この当たり前のリズムが、日常を形作っていくのです。
夕暮れが迫り、夜の訪れとともに、出かけていた車も人も動物たちも、それぞれの家へ。信号機は変わらず赤と緑の光を灯し続け、「おやすみなさい」と告げるように1日の終わりを見届ける。
詩的で絵画のように美しい。抑えた色調の中で映える赤と緑の対比が印象的で、読む人の心に優しい余韻を残します。
日常を詩に変える赤と緑の光
『あかいひかり みどりのひかり』は、一見するとただの信号機の話にすぎないのに、読み終えるとどこか特別な気持ちになる絵本です。この不思議な感覚こそが、本当の芸術との出会いではないでしょうか。
絵本は子どもが最初に触れる芸術作品です。マーガレット・ワイズ・ブラウンはそれを深く理解していました。彼女の作品には「これを学びなさい」という押しつけがありません。
大人はつい教訓を求めてしまいますが、この絵本は子どもの感性をそのまま信じ、「感じること」の豊かさを静かに伝えています。この姿勢が、シンプルな題材から深い共感を生み出す秘密なのでしょう。
谷川俊太郎の訳は原作の音楽性を見事に捉えています。声に出して読むと、「あかいひかり とまれ、みどりのひかり すすめ」という言葉が心地よいリズムとなって、部屋中に広がっていきます。
そのリズムに身を委ねていると、信号機という日常の風景が、少しずつ詩的な世界へと変わっていくのを感じます。
レナード・ワイスガードの絵も独特の魅力に満ちています。どこか物悲しさを含んだ温かみのある画風は、動物たちの表情を愛らしく引き立てています。
アーティスティックで洗練されたイラストなのに、なんと初版は1944年。
文字のないページでは、街の風景の中にさまざまな生き物や乗り物が点在し、「ねずみさんはどこかな?」「あの子は凧を揚げているね」と、子どもとの対話を自然と誘い出します。
この絵本の真価は、読み終えた後の日常のなかに。
夜、娘と散歩をしていると、街角の信号機を見た彼女が「あかいひかり とまれ、みどりのひかり すすめ」とつぶやいたのです。
その瞬間、いつも何気なく見ている信号機が、私たちだけの特別な存在に変わりました。町の風景ひとつが芸術として目に映る—この小さな奇跡こそが、絵本の持つ美しい贈り物です。
子どもの世界に寄り添い、押しつけることなく、日常に新しい輝きをもたらしてくれる『あかいひかり みどりのひかり』。時代を超えて読み継がれる理由が、今、確かに感じられます。
作者紹介
マーガレット・ワイズ・ブラウン(1910-1952)とレナード・ワイスガード(1916-2000)は、アメリカの児童文学史に輝くゴールデンコンビ。
ニューヨーク生まれのブラウンは、子どもの目線や感覚を大切にした作家として知られています。『おやすみなさい おつきさま』など100冊を超える絵本を書き、動物を主人公にした温かな物語や心地よいリズムの文章で多くの子どもたちの心をつかみました。
彼女は「子どもが聞きたいように物語を語る」ことを大事にし、創作のインスピレーションをいつでもメモできるよう準備していたそうです。
ワイスガードは200冊以上の絵本を手がけたイラストレーターで、ブラウンとの共作『ちいさなしま』でコールデコット賞を受賞しました。
『あかいひかり みどりのひかり』では、茶色を基調とした絵の中に赤と緑を効果的に使い、静かな美しさを生み出しています。
関連書籍紹介
『たいせつなこと』(作:マーガレット・ワイズ・ブラウン/絵:レナード・ワイスガード/訳:うちだ ややこ/フレーベル館)

スプーンは「手でにぎれる」、ひなぎくは「真ん中が黄色い」。でも本当に大切なことは何か。身の回りのものと向き合い、丁寧に語りかける静かな絵本。ブラウンとワイスガードの傑作は「あなたにとってたいせつなのは、あなたがあなたであること」という温かなメッセージで結ばれます。思春期を迎えた子どもの手元にも置いておきたい1冊。
『おやすみなさい おつきさま』(作:マーガレット・ワイズ・ブラウン/絵:クレメント・ハード/訳:せた ていじ/評論社)

1947年の初版以来、世界中で愛され続ける名作。「みどりのおへや」に寝るうさぎのぼうやが、部屋の中のすべてのものに「おやすみなさい」と語りかけていきます。優しいリズムの繰り返しと、月の光に照らされた不思議な雰囲気の「みどりのおへや」が子どもたちを穏やかな眠りへと誘います。世界で1000万部を超えるロングセラー。
『ぼくにげちゃうよ』(作:マーガレット・ワイズ・ブラウン/絵:クレメント・ハード/訳:岩田 みみ/ほるぷ出版)

1942年初版の古典的名作。「ぼく、にげちゃうよ」と言う子うさぎに、「おまえが逃げたら、母さんは追いかけますよ。だって、おまえはとってもかわいいわたしのぼうやだもの」と答える母さんうさぎ。どんなに逃げても必ず見つけだす母親の愛を、優しく温かなユーモアで描き、世代を超えて読み継がれています。
『ぼくはあるいた まっすぐ まっすぐ』(作:マーガレット・ワイズ・ブラウン/絵:林 明子/訳:坪井 郁美/ペンギン社)

ある春の日、「ぼく」ははじめて1人でおばあちゃんの家へ向かいます。「まっすぐ まっすぐ」と教えられた通りに歩き、川を渡り、丘を登り、様々な「はじめて」に出会いながら目的地に辿り着く冒険。林明子さんの淡い色彩と豊かな余白が春の光と空気感を見事に表現し、子どもの素直でまっすぐな心を映し出す絵本です。