「きゃーっ!」という悲鳴から始まるこの物語は、思いがけない展開の連続です。
ある日、爬虫類学者の息子からボドさんのところに贈られてきた大蛇。
「クリクター」と名付けられたそのヘビは、赤ちゃんのようにミルクを飲んだり、編んだセーターを着せてもらったり、アルファベットの形を作ったり…。
そんな日常の1コマ1コマに、思わずクスッと笑みがこぼれます。
単純なようでいて独創的、奇妙なようでいて温かい。
そして何より、このクリクターがとってもかわいいんです!
おすすめ年齢:3歳から

あらすじ
『へびのクリクター』(原題:Crictor、1958年)は、フランスの小さな町に住むルイーズ・ボドさんの元に、爬虫類研究者の息子から誕生日プレゼントとして送られてきた1匹のボア・コンストリクター(大蛇)との暮らしを描いた絵本です。
最初は驚いたボドさんでしたが、このヘビが毒を持たないことを知ると、「クリクター」と名付けて我が子のようにかわいがり始めます。
ボドさん自身が学校の先生だったため、クリクターも教室に連れて行くようになり、クリクターは自分の体でアルファベットの形を作ったり、子どもたちと仲良く遊んだりと、町の人々に愛される存在になっていきます。
しかしある日、ボドさんの身に思いがけない出来事が起こります。クリクターはそこで、どんな活躍を見せるのでしょうか…
にょろりと遊ぶ—ヘビだからこその創造的ナンセンス
ヘビ、蜘蛛、サソリ…不思議と子どもの心を惹きつける、独特のフォルムをした危険な生き物たち。
うちの3歳の娘もなぜか危険生物の図鑑をねだり、いまでは毎日夢中になって眺めています。
『へびのクリクター』は、そんな小さな子どもが気になる存在「ヘビ」が主人公の、常識を覆す発想と愛らしさが同居する物語。
この絵本の魅力は、なんと言ってもヘビの細長い体を活かした遊び心あふれる場面の数々にあります。
ながーい特製ベッド、自分の体でアルファベットを形作ったり、子どもたちの遊び道具になったり。
突飛すぎず、かといって平凡でもない。シュールな絵と、絶妙なナンセンスさが思わず微笑みを誘います。
小さな子どもでも理解できる「ありえないけど、あったらいいな」という発想を、ウンゲラーは自然な流れの中に織り込んでいくのです。
怖いと思われていたものが、身近で愛おしい存在に変わる。そんな小さな変化をもたらしてくれるのも、この絵本の静かな力。
子どもにも理解できるシンプルな物語の中に、大人の目をも惹きつける洗練されたセンスが光る——時代を超えた奥行きを感じる1冊です
著者紹介
トミー・ウンゲラー(1931-2019)は、フランスのアルザス地方ストラスブールに生まれた絵本作家・イラストレーターです。
第二次世界大戦中、ドイツ軍占領下での厳しい子ども時代を過ごした経験が、彼の創作活動に独特の視点を与えることになりました。
25歳でニューヨークに渡り、1957年に初めての絵本「メロップスのわくわく大冒険」を発表。以後、絵本だけでなく風刺画やポスターなど幅広いジャンルで活躍しました。
1998年には国際アンデルセン賞(画家賞)を受賞するなど、世界的に高い評価を受けています。
少しシニカルでありながらとびきり魅力的な世界観、風刺と毒気が効いた独特の表現力—ウンゲラーの作品はいつも予想外の展開で読者を驚かせます。
『すてきな三にんぐみ』や『ゼラルダと人喰い鬼』など、一見恐ろしい要素を含みながらも、多くの子どもたちの心をつかむ作品を生み出しました。
2007年には故郷のストラスブールにトミー・ウンゲラー美術館が開館し、8000点に及ぶ彼の作品が展示されています。
2019年2月、アイルランドで87歳の生涯を閉じましたが、彼の遺した作品は今も世界中で愛され続けています。
関連書籍紹介
『すてきな三にんぐみ』(訳:今江祥智/偕成社)
真っ黒なマントと帽子に身を包んだ三人の泥棒が、孤児の女の子トリフと出会い、心を開いていく物語。ウンゲラーらしい「怖さ」と「優しさ」が絶妙に融合した作品で、「へびのクリクター」と同様に、外見や先入観を超えた真の価値について考えさせられます。
『ゼラルダと人喰い鬼』(訳:田村隆一/評論社)

人を食べる怖い鬼と、料理の上手な少女ゼラルダの不思議な交流を描いた作品。ゼラルダの作る美味しい料理に魅了された鬼が人間を食べなくなるという展開は、「へびのクリクター」にも通じる「恐れていたものが実は…」というウンゲラーのお得意テーマが活かされています。
『エミールくんがんばる』(訳:今江祥智/文化出版局)

タコのエミールが人間社会で様々な仕事に挑戦する物語。異質な存在が社会に溶け込んでいく様子を、ユーモアたっぷりに描いています。「へびのクリクター」と同じく、個性的な生き物が人間社会で活躍するモチーフが楽しめます。