「おまえは、ずいぶん らくなくらしを しているもんだ」
この何気ないだんなさんの一言から物語は動き出します。
家事の価値を見えないものとして軽く見る心理は、時代を超えて共感できるテーマ。
そして「それなら、あすから しごとをとりかえようよ」というおかみさんの一言で、牛は屋根から、だんなさんは鍋の中!
子どもは大笑いしながらも、このノルウェーの昔話は温かな知恵を教えてくれます。
おすすめ年齢:5歳から

あらすじ
『しごとをとりかえた だんなさん』はノルウェーに古くから伝わる昔話です。
むかし、丘の上の小さな家に、若い農夫夫婦が暮らしていました。だんなさんは毎日畑を耕し、おかみさんは家の仕事をして平和に暮らしていました。
ある夕方、1日中畑仕事をして疲れて帰宅しただんなさんは、家の中でくつろぐおかみさんを見て、「おまえはずいぶん楽な暮らしをしているもんだ。住み心地のいい家に、日がな一日いられるんだから」とぼやきます。
その言葉を聞いたおかみさんは、穏やかな表情で意外な提案をします。
「それなら、明日から仕事をとりかえようよ」
こうして翌日、おかみさんは農具を担いで畑に向かい、だんなさんは家に残ります。
最初は鼻歌交じりに掃除を始めただんなさんですが、家事は思ったよりずっと複雑で難しいものでした。
慣れない作業の連続に、だんなさんはあたふたと奮闘します。
おかみさんが畑から帰ってくると、そこには想像もつかない光景が広がっていました。
果たして、仕事を交換した1日の終わりに、2人はどんな会話を交わすのでしょうか?そしてこの経験から、だんなさんは何を学ぶのでしょう?
“楽” と思ったその仕事、交換したらどうなる?—協力と尊重を教えるドタバタ物語
「男性は畑仕事、女性は家事」という設定を聞いただけで、「はいはい、古い性別役割分担ね」と思う方もいるかもしれません。
(実際、絵本の何気ない描写が、固定的なジェンダー観をわが子に刷り込んでしまう可能性には自覚的になるべきだと思います)
でも、この本はそれだけで閉じてしまうのはもったいない!と私は思います。
読み進めるうちに、この物語がとても現代的で、むしろ性別役割を見直すきっかけをくれることに気づくことでしょう。
この昔話の魅力は、時代を超えた共感ポイントにあります。
畑仕事と家事という形は古くても、「自分の仕事は大変で、相手の仕事は楽に見える」という心理は、いまの家庭にも息づいていないでしょうか?
だんなさんの「おまえは、ずいぶん らくなくらしを しているもんだ」という何気ない一言。
この台詞を読むと、女性は思わずクスリと、男性はどきりとするかもしれません。
家事の見えない大変さ、それは時代を超えた永遠のテーマ。
おかみさんの「それなら交換しよう」という提案は絶妙です。結局、相手の靴を履いてみないと、本当の気持ちは分からないものですね。
子どもたちは、だんなさんのドタバタ劇に大笑い。牛を屋根に上げようとする突飛なアイデアや、大混乱の台所風景は、小さな読者の心をつかんで離しません。
一方で大人は、笑いながらも「うちも似たようなものかも」と、ふと我が家の家事分担について考えてしまうかもしれません。
子どもは単純に楽しめて、大人は少し考えさせられる—そんな二重の楽しさも、この絵本の魅力です。
そして物語の良いところは、笑いあり学びありでありながら、どこか肩肘張らないところ。
最後には「おまえさんには はたけしごとの ほうが、おにあいのようだよ」とおかみさんに言われても、読者は「説教くさい」とは感じません。
それまでの楽しい展開があるからこそ、「ああ、なるほどね」と素直に受け止められるのです。
現代の視点で見れば、「女性は家事、男性は仕事」という枠組みは徐々に溶けつつある…….のでしょうか。
個人的には、性別と仕事を結びつける思考から脱したいと願っています。そうした枠を外すことで、子どもたちは自分の可能性をもっと自由に広げられるはずですから。
とはいえ現実の生活では、何らかの役割分担が生まれます。
ここで大切なのは、その分担が「男だから」「女だから」で決まるのではなく、個々の得意分野や状況に応じて柔軟に形作られること。
そして、日常的に助け合い、時には役割を交換してみる姿勢です。
「これはあなたの担当」と決めていても、相手が大変そうならもちろん手を差し伸べる。
そんな思いやりこそが、家庭という小さな社会を支える基盤になるのではないでしょうか。
さて、絵本を語るなら、絵の魅力にも触れておかねばなりません。
(画家のウィリアム・ウィースナーについては調べてもくわしい情報が少ないのですが…)だんなさんの困惑した顔、牛の驚いた目、おかみさんの冷静な佇まい etc.
カラフルで表情豊かな挿絵が登場人物の心情を生き生きと伝え、物語をより一層楽しくしています。
『しごとをとりかえただんなさん』は、子どもには素直な笑いを、大人には温かな内省のきっかけを同時に届けてくれる、味わい深い1冊です。
子どもと一緒に読みながら、「お家では、みんなの仕事がそれぞれ大切だね」と自然に語り合える。
単純なようで、実はそこに、この古い昔話が今日も色あせない理由があるのだと感じます。
