「心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ」
マリーナ・ブルフシュタイン博士(国際個人心理学会会長、アドラーユニバーシティ教授)の講座で何度も引用されたこの『星の王子さま』の一節。
速さと明快さが美徳とされる現代において、アドラー派のカウンセリングは私たちに静かに示唆する—真に大切なものは、しばしば目に見えない場所に隠れていると。
見えないものに気づく目
「本当の意味は、見えないものの中にある」
マリーナ・ブルフシュタイン博士の講座で心に深く刻まれた言葉。
ライフスタイルは多くの場合、直接目に映らない。そのままの視線では捉えきれない真実を理解しようとすること——それこそがアドラー派の人間理解の本質なのだと。
この理解への道筋として、マリーナ博士は鮮やかなメタファーを示した。
「一滴の水が、大きな海全体をあらわす」。
シンプルでありながら奥深いこの表現が、人間理解の核心を照らし出す。
人の小さな行動、ささやかな言葉の選択にさえ、その人の全体像(ライフスタイル)が静かに映し出されているのだ。私たちが人間を真に理解するには、これら小さな断片から全体を感じ取る目を育てていく必要がある。
この教えが実践される瞬間を、私はマリーナ博士のデモンストレーションで目の当たりにした。
あるセッションで、彼女はクライアントの中核的価値観を驚くべき正確さで言い当てた。
「なぜそれに気づかれたのですか?」という会場からの素朴な問いに、彼女は微笑みながら応えた。
「言葉そのものより、話す際の身体の微細な動き、書類を整理する手つき、沈黙の質に着目していました。表面的な現象の奥に潜む一貫したパターンが、その人の本質を語りかけてくるのです」
日常では、私たちは表層的な観察から安易に「あの人は几帳面だ」「この子は落ち着きがない」と、レッテルを貼り、他者像を固定化してしまう。
しかしマリーナ博士は、その先へと進む道を示す。そこで判断を止めず「このほかに何が見えるだろう?」と問い続けることの大切さを。
見えているもの以上を想像し、可能性の探求をやめないこと。そこにこそ、人間理解の深みが広がっているのだと。
明確に言語化したり数値化したりできない質的な理解を大切にすることから、マリーナ博士はアドラー心理学を「アート」と表現する。科学的分析の枠を超え、直感や感性も含めた全人的な理解が求められるのだ。
「人生のエッセンスを見る時に、私たちはハートで見る必要があります。一番大切なものは、目に見えないのですから」
冒頭の星の王子さまの一節と呼応するように、マリーナはやさしく私たちに語りかける。見える世界を超えた、本当の人間理解への道を示すように。
心の目をひらく
「本当の意味は、見えないものの中にある」というマリーナ博士の教えが衝撃的で、私は主宰している勉強会の進め方を根本から見直した。
クライアントの人生について語られた「ライフスタイル調査表」の読解にかける時間を倍増し、表面的な言葉の奥に潜む意味を丁寧に探るようになった。
使用される言葉の選択理由、文章の連なり、その背後にあるかもしれない思いまで想像力を働かせる。
勉強会でも参加者同士の対話を意識的に増やし、複数の「心の目」から生まれる気づきを大切にしている。
実際にアプローチを変えてからは、以前なら見過ごしていたかもしれない些細な表現からも、その人のライフスタイルが浮かび上がってくるようになった。
「心の目」へのこだわりには、カウンセリングスキル向上を超えた意味があるとも思う。
効率重視でわかりやすさが求められ、大量の文章をAIが高速処理する時代だからこそ、人間にしかできない理解とは。
言葉の表面だけでなく、その奥に広がる世界を感じ取る感性は、人間の本質的な価値なのかもしれない。
近頃は読書でも、それ以外の読み方できない明示的な文章より、解釈に開かれた余白のある表現に魅力を感じる。できればそれを誰かと共有し、対話を通して深めていきたいと思う。
カウンセリングを通じて、読書を通じて、人間にしかない「心の目」をひらいていきたい。本当に大切なものは目に見えないのだから。