【書評】『嫌われる勇気』要約・まとめ・感想【研究者執筆】

読書

\この記事を読むメリット/

「職場や学校などの人間関係で悩んでいる」
「他の人からの評価が気になって仕方がない」
「他の人に認められないのが怖い」

そんなあなたにぴったりの名著『嫌われる勇気』について、他サイトよりもくわしく・わかりやすく理解できます。

ゆるい
ゆるい

この記事に出会っていただき、心より感謝いたします。
大学院でアドラーを研究し、日々の生活・仕事でもアドラー心理学を実践する、あつくてゆるい(@atsukuteyurui)と申します。

「あの人」の期待を満たすために生きてはいけない――

対人関係の悩み、人生の悩みを100%消し去る

がキャッチコピーの『嫌われる勇気』

「これを読んだらすぐに100%悩みを消え去る!」というのはさすがに言いすぎかもしれませんが、筆者もこの本と出会って、まさに脳天を打ち抜かれた一人。

それ以来、アドラー心理学を学びつづける中で、大袈裟じゃなく人間関係のストレス95%減くらいにはなりました。

このことは『嫌われる勇気』が2013年12月の発売から、売れに売れ、世界累計発行部数が485万部超1の大ベストセラーになっていることからもうかがえます。


この記事では、名著嫌われる勇気をわかりやすく要約し、まとめていきます。

なお筆者(@atsukuteyurui)は以下の通り、アドラー心理学を専門としています。

・アドラー心理学の各種講座受講済み
 ※アドラー心理学ベーシック講座, SMILE, STEPなど

・ELMリーダー

・アドラー心理学実践 8年目

・大学院にて、アドラーの原著を読み込み論文執筆(完了)

ブログの記事も

本記事は『嫌われる勇気』の世界にとどまらず、アドラー心理学の本質がつたわるよう解説していきます。

ゆるい
ゆるい

読んでくださった方にご満足いただけるよう、わかりやすく書くことを心がけています!
しかし、もし難しいところや、質問などあればお問い合わせからお気軽にご連絡ください。
精一杯対応させていただきます。

『嫌われる勇気』は「聴く読書」Audible(オーディブル)で聞けます。

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【書評】『嫌われる勇気』要約・まとめ・感想

『嫌われる勇気』の基本情報

『嫌われる勇気』は、

・アドラー心理学を研究している哲人
・生きることに悩みを抱える青年

という二人の対話形式で書かれています。

第一夜 トラウマを否定せよ

アドラー心理学は知られざる第三の巨頭

アルフレッド・アドラー
ゆるい
ゆるい

まずはアドラー心理学のカンタンな紹介から…

アドラー心理学は、ギリシア哲学と地続きにある思想であり学問のこと。世界的にはフロイト、ユングと並ぶ三大巨頭のひとりとされます。

たとえば、ご存知な方も多いであろう人を動かす道は開けるという本。

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これらの本の著者デール・カーネギーは、

アドラーは一生を費やして人間とその潜在能力を研究した偉大な心理学者

であると紹介しているそう。実際、カーネギーの著作にはアドラーの思想が色濃く反映されています。

また、名著『7つの習慣』(スティーブン・R・コヴィー著)でもアドラー思想に近い内容が語られます。


このようにアドラー心理学は、堅苦しい学問ではなく、人間理解の真理・到達点として受け入れられているのです。

↓【あわせて読みたい】アドラー心理学をとにかく簡単に解説したのがこちらの記事です。

人はいつだって変わることができる(脱・原因論!トラウマは存在しない)

さて『嫌われる勇気』は、

青年
青年

人は変わりたくても変われない。

と主張する青年に対し、

哲人
哲人

いや、そんなことはない。
人はひとりの例外もなく変わることができ、幸福になることができる。

と哲人がさとすところから始まります。

「人は変われない」と主張する理由として、青年は何年も引きこもりをしている友人を例に出します。

青年
青年

私の友人は外に出たいと願っているし、できることなら仕事を持ちたい。
今の自分を「変えたい」と思っている。
けれども彼は部屋の外に一歩でも出ると動悸がはじまり、手足が震えてしまう。
つまり変わりたくても変われない。


そして、引きこもりになってしまった彼の「過去」に、虐待やいじめなどのトラウマとなる「原因」があったと考えるわけです。

このように「(過去の)原因→(現在の)結果」というように、過去によって現在が1対1で決まってしまうという考え方を原因論といいます。

原因論とは「あらゆる結果の前には、原因がある」「現在のわたし(結果)は、過去の出来事(原因)によって規定されるのだ」という考え方のこと

しかし、哲人は反論します。

哲人
哲人

両親から虐待を受けて育った人でも、それをバネに人生を好転させる人もいれば、そうでない人もいる。

つまり、過去の原因が、現在の結果を100%支配しているわけではないことがわかります。

一般的なカウンセラーや精神科医など、原因論で考える人たちは、

あなたが苦しんでいるのは、過去のここに原因がある。だからあなたは悪くない。

なぐさめるだけで終わってしまう。トラウマの議論などは、その典型です。

しかしながらアドラー心理学は、トラウマを明確に否定すると哲人はいいます。

アドラー
アドラー

いかなる経験も、それ自体では成功の原因でも失敗の原因でもない。われわれは自分の経験によるショック −いわゆるトラウマ− に苦しむのではなく、経験の中から目的にかなうものを見つけ出す。
自分の経験によって決定されるのではなく、経験に与える意味によって自らを決定するものである。

というのはアドラーの言葉。

もちろん過去のいろいろな出来事が、人格形成に及ぼす影響がゼロだとはいいません。影響は強くあります。

しかし大切なのは、それによってなにかが決定されるわけではないということ。

われわれは、過去の経験に「どのような意味を与えるか」によって、自らの生を決定している。

過去になにがあったとしても、人はいつだって自分の意志で人生を選択できるのです。

過去の「原因」ではなく、いまの「目的」を考える(目的論の考え方)

ゆるい
ゆるい

原因論と対比される、アドラー心理学の重要な考え方に「目的論」があります。
『嫌われる勇気』の第一夜では目的論について、くわしく・わかりやすく解説されています。

目的論とは、人が行動を起こすとき、本人が自覚的かどうかにかかわらず必ず目的があるという考え方のこと


例えば、引きこもりの人を原因論で考えたとき「不安だから、“仕方なく”外に出られない」と考えることができます。

ゆるい
ゆるい

原因論だと、
「〇〇だから、できなくても仕方ないんだ」
「私が悪いわけじゃない」

という発想になりますよね?
このように、原因論では人は変われないわけです。


アドラー心理学の目的論では順番は逆。

つまり「外に出ないという目的のために、不安という感情を作り出している」と考えるのです。

ゆるい
ゆるい

目的論だと「目的のために、あなた自身が理由・言い訳をこしらえている」と考えます。
つまり「あなた自身が変われば、すべて変えていける」という発想になるわけです。
これは厳しさをともなうのも事実。
しかし同時に「自分自身の力で何とでもなる!」という希望に満ちた考え方でもあるのです。

では、なぜ「引きこもる」なんて選択をわざわざするのでしょうか?

引きこもっていたら、当然いろんなデメリットもありますよね。

けれども例えば、引きこもることで親が心配し、親の注目を一身に集めることができるでしょう。

もし家から一歩でも外に出てしまうと、誰からも注目されない「その他大勢」になってしまう…。

そう考えると、引きこもりにもちゃんとした「目的」がある2わけです。

アドラーの思想は、感情に支配されず、過去にも支配されません。人は自分で決められるし、「人は変われる」を前提に考えていきます。



↓【あわせて読みたい】目的論についてくわしく知りたい人はこちらの記事をチェック!

性格・気質は変えられる?(ライフスタイルとは)

「人は変われるか」というテーマから始まった、第一夜の哲人と青年の議論。

しかし青年は、

青年
青年

残念ながらどんなに知識を積み重ねたところで、その土台にある気質や性格は変わらないんですよ!

と食い下がります。つまり青年いわく、人間には絶対に変えられないところがあるというわけです。

しかし哲人は、私たちは気質や性格ですら変えることができるといいます。

このことは、アドラー心理学で“性格や気質”を表す、ライフスタイルから理解せねばなりません。

ライフスタイルとは…

  • 人生における、思考や行動の傾向
  • 「世界」や「自分」をどう見ているかなど「意味づけのあり方」が集約された概念
  • 狭い意味だと「性格」より広くはその人の世界観や人生観まで含んだ言葉

アドラー心理学において、自らのライフスタイルは、自ら選びとるものだと考えます。

たとえ、それが自分でも好きになれないような“ひねくれた性格”であったとしても、自らの手で選びとったものに他ならないのです。

もちろん「選び取った」と言っても、それは無意識の部分も大きく、またその選択にあたっては人種・国籍・文化・家庭環境なども大いに影響します。

それでもなお「こんなわたし」を選んだのはあなた自身。

そして、もしもライフスタイルが先天的に与えられたものではなく、自分で選んだものであるのなら、再び自分で選び直すことも可能であるのです。


哲人はこのように青年を勇気づけます…

哲人
哲人

自らの生まれを選ぶことは誰にもできません。
この国に生まれること、この時代に生まれること、この両親のもとに生まれること、すべて自分で選んだものではない。
しかもそれらは、かなり大きな影響力を持っている。
不満もあるでしょうし、他者を見て「あんな境遇に生まれたかった」と思う気持ちも出てくるでしょう。
でも、そこで終わってはいけないのです。
問題は過去ではなく、現在の「ここ」にあります。
いま、あなたはここでライフスタイルを知ってしまった。であれば、この先どうするのかはあなたの責任なのです。

これまでどおりのライフスタイルを選び続けることも、新しいライフスタイルを選びなおすことも、すべてはあなたの一存にかかっています。


これまで慣れ親しんできたライフスタイルを変えようとするとき、私たちは大きな“勇気”を試されます。

しかし勇気を持って、世界や自分への意味づけ(ライフスタイル)を変えれば、世界との関わり方、そして行動までもが変わらざるをえなくなる。

このように、アドラーの目的論は「これまでの人生になにがあったとしても、今後の人生をどう生きるかについてなんの影響もない」という考え方をします。

自分の人生を決めるのは、「いま、ここ」に生きるあなた自身なのです。


↓【あわせて読みたい】ライフスタイルについてくわしく知りたい人はこちらの記事をチェック!

第二夜 すべての悩みは対人関係

ゆるい
ゆるい

つづいて、第二夜の要約・まとめをしていきます。
第二夜は「対人関係」や「劣等感」がテーマです。

劣等感は他者の存在があるから生じる

第二夜で紹介される超重要キーワードの1つが劣等感です。

劣等感とは「自分はこの程度の価値なのだ」という感覚のこと3

けど劣等感なんて「もしこの世にあなただけしかいない」とすれば、生じないと思いませんか?

なぜなら劣等感って、つきつめて考えていくと“他者との比較”だからです。アドラーはこんな言葉を残しています。

アドラー
アドラー

悩みを消し去るには、宇宙のなかにただひとりで生きるしかない。


つまり、この世界から対人関係がなくなってしまえば、それこそ宇宙のなかにただひとりで、他者がいなくなってしまえば、あらゆる悩みは消え去ってしまうでしょう。

しかし、そんなことは原理的にあり得ません。


人は社会的な文脈においてのみ「個人」になれる。

そして、どんな種類の悩みであれ、そこにはかならず他者の影が介在しているのです。

ゆるい
ゆるい

人間が「社会的動物」「社会的存在」であることを強調するのは、アドラー思想の大前提。
つまり「人と人とがバラバラになるのではなく、共に生きていかないといけないよね」という基本スタンスにアドラーは立つのです。
だからこそ「協力」や「共同体感覚」がくり返し説かれ、「劣等感」という考え方も強調されるわけです。


ちなみに劣等感は、他者との比較(対人関係)のなかで、自分自身の選んで思っていること…

つまり劣等感とは主観的です。

例えばあなたが「平均身長より低い」ことに劣等感を抱えていたとします。そのときそのことを長所として見ることだってできるのです。

①短所(劣等感):背が高ければもっとモテるのに…

②長所:人をくつろがせることができる!

もちろん「身長が平均より低い」ということは客観的な事実ではあります。

しかし、その身長にどのように価値づけるかは、その人の「主観的な解釈」であり、その人次第なのです。

劣等感は成長へのエネルギー!ただし…(劣等感と劣等コンプレックス)

ここで重要なのが「劣等感」をもつことそのものは、なにも悪いことではないということ。

というより、劣等感はだれにでもあるものです。

そして劣等感は「まだまだ未熟なので、もっと成長せねば!」というように、まさに成長4へのエネルギーにもなっていきます。

ところが、一歩踏み出す勇気をくじかれ、なにもしないうちから「どうせ自分なんて」「どうせがんばったところで」とあきらめてしまう人たちです。

そのように、劣等感がマイナスに働いてしまう状態を「劣等感」と区別して、アドラーは「劣等コンプレックス」と呼びました。

劣等感
人がだれしも持っているもの。適度な劣等感は成長のモチベーションになる

劣等コンプレックス
大きすぎる劣等感。「どうせ自分なんて」「どうせがんばったところで」みたいに自らの劣等感を言い訳に使いはじめた状態のこと

わたしは学歴が低いから、成功できない…
わたしは器量が悪いから、結婚できない…

こんなふうに「Aであるから、Bできない」という論理を、口に出すこと・耳にすることはありませんか?

アドラーはこのような言い訳のロジックを見かけの因果律という言葉で説明しました。

本来なんの因果関係もないところを、あたかも重大な因果関係があるかのように自らを説明し、納得させてしまう。

もちろん、そこに何らかの“相関関係”はあるかもしれません。

しかしながら、大事なことはそうした現実にどう立ち向かうかということ。

結局そういう言い訳をするのは、「変わりたくない」という本人の意向に他ならないのです。

ゆるい
ゆるい

ここらへんアドラー心理学の厳しいポイント!
アドラーを学べば学ぶほど「言い訳」ができなくなってしまう。
「ごちゃごちゃ言ってるけど、結局あなたがやりたくないだけでしょ?」
となってしまうのです。
アドラー心理学では、さまざまな口実を設けて人生のタスクを回避しようとすることを「人生の嘘」と呼んだのです。

さらにアドラーはこんな言葉も残しています…

アドラー
アドラー

もしも自慢する人がいるとすれば、それは劣等感を感じているからにすぎない。

あなたの身の回りにも「自分にはすごい人脈があるぞ」「すごい経歴があるぞ」とことさらに自慢(マウンティング)する人はいませんか?

アドラー心理学ではこのような人たちは、結局のところ自分に自信がなく、強い劣等感を抱えていると考えます。

このように強い劣等感ゆえに自慢・マウンティングする人たちの心理状態を、アドラー心理学では優越コンプレックスと表現するのです。

優越コンプレックス
自分と権威とを結びつけることで、あたかも自分が優れているかのように振る舞い、偽りの優越感に浸ること

ゆるい
ゆるい

やたらと自慢をする人たちは、実は大きな劣等感を抱えている。
逆にいうと「本当にすごくて自信のある人たちは、自分のことをことさらに自慢しない」というわけですね。

人生は他者との競争ではない

劣等コンプレックス・優越コンプレックスで苦しむ人たちには共通点があります。

それは、人生を他者との競争であると勘違いしているということ。

くり返し強調しますが、アドラー自身は健全な劣等感、成長することそのものを否定しているわけではありません。

けれどもあくまでもそれは、他者との比較からではなく「理想の自分」との比較から生まれるもの。

いまの自分よりも前に進もうとすることにこそ、価値があるのです。

哲人はこの「競争しない」という感覚を

哲人
哲人

同じ平らな地平に、前を進んでいる人もいれば、その後ろを進んでいる人もいる。
〔…〕
誰とも競争することなく、ただ前を向いて歩いていけばいい。

と表現します。

他者を競争の相手ではなく「仲間」であると実感できたとき、世界の見え方はまったく違ったものになるのです。

ゆるい
ゆるい

だれもが抱える「怒り」の感情も、他者との競争関係から分析することができます。

相手から「怒り」を向けられたとき、これは相手が「権力争い」を挑んできているのだと考えます。

そして勝つことによって、自らの力を証明したいと思っているのです。

もし、相手の「権力争い」に乗ってしまい、仮にそこであなたが勝ってしまったとしましょう。

すると相手はそこで終わることなく、別の場所、別のかたちで、なにかしらの復讐5をしてくることでしょう。(しかもそれはより過激な形を取ることが多い)

権力争いを挑まれたときは、絶対に乗ってはいけません。

また、相手と意見交換していて、いくら自分が正しいと思えた場合でも、それを理由に相手を非難しないよう気をつけましょう。

人は対人関係のなかで「わたしは正しいのだ」と確信した瞬間、すでに権力争いに足を踏み入れてしまっています。

主張の正しさは、勝ち負けとは関係ない。

あなたが正しいと思うのなら、他の人がどんな意見であれ、そこで完結すればOKです。

ゆるい
ゆるい

私自身はこれまで「怒り」の感情でたくさん失敗してきました。
「怒り」への向き合い方にはアドラー心理学の考え方を学び、随分救われたポイント。
「とにかく相手と戦わない」
「怒るということは、相手と権力争いをしている」

と自分に言い聞かせるだけで、かなり人間関係捗りますよ!

直面する「人生のタスク」をどう乗り越えるか(3つのライフタスク)

青年
青年

ううむ。しかし、まだ問題は残ったままですよ。
あの「すべての悩みは対人関係の悩みである」という言葉です。
〔…〕
不思議なのは、どうしてアドラーがそれほどまでに対人関係を重視しているのか、「すべて」とまで言い切っているのか、という点です。

青年の疑問はつきません。

アドラーが対人関係を重視する理由…それはアドラーの哲学が「人生のタスク(ライフタスク)」をベースとして考えているからです。

まず、アドラー心理学では人間の行動面と心理面のあり方について、かなりはっきりとした目標を掲げています。

アドラー心理学の行動面・心理面の目標

【行動面の目標】
①自立すること
②社会と調和して暮らせること

【心理面の目標】
①わたしには能力がある、という意識
②人々はわたしの仲間である、という意識

そして、これらの目標は「人生のタスク(ライフタスク)」と向き合うことで達成できると考えます。

人生のタスク(ライフタスク)とは、人間が生きていく上で、必然的に取り組んでいくこととなる3つの課題(タスク)のこと。

アドラーは人生のタスク(ライフタスク)を次の3つに整理しました。

人生で必然的に取り組む3つのライフタスク

仕事のタスク

  • 仕事における他者との協力のこと
  • 距離と深さという観点では仕事の対人関係がもっともハードルは低い
  • この段階の対人関係でつまずいてしまったのが、ニートや引きこもり

交友のタスク

  • 仕事を離れた、もっと広い意味での友人関係
  • 仕事のような強制力が働かないだけに、踏み出すのも深めるのもむずかしい関係

愛のタスク

  • いわゆる恋愛関係
  • 家族との関係、とくに親子関係

これら3つのタスクは対人関係の「距離感」と「深さ」でむずかしさが変わります。もっともむずかしいのが愛のタスクであるとされます。

アドラー心理学では、人はひとりで生きていけず、社会的な文脈においてのみ「個人」となると考えます。

それは人間が人間として生まれ、そして人生をおくる限り、「仕事」「交友」「愛」という3つのタスクに絶対に取り組まなければならないからです。


アドラー心理学が「対人関係」を重視し、そして「自立」と「協調」を目標とするベースには、「人生のタスク(ライフタスク)」があるのです。

ゆるい
ゆるい

ライフタスク(人生の3つの課題)はアドラー心理学のなかで見過ごされがちな概念。
しかしながら、アドラー本人はライフタスクをとっても強調していました。
それは「アドラー心理学は対人関係が大事!」という根拠となるからなのです。

↓【あわせて読みたい】ライフタスクについてくわしく知りたい人はこちらの記事をチェック!

第三夜 他者の課題を切り捨てる

ゆるい
ゆるい

第三夜の要約・まとめをしていきます。
いよいよ「承認欲求」や「課題の分離」が登場しますよ!

承認欲求を否定する

第三夜は「自由」というテーマから始まります。哲人は次のように問いかけます。

哲人
哲人

仮にあなたが、金銭的な自由を手に入れたとしましょう。
そして巨万の富を得てもなお、幸福になれないのだと。
このとき、あなたに残っているのは、どんな悩み、どんな不自由なのでしょう?

金銭的自由を手に入れたとしても残り続けるもの…

それは「対人関係」の悩みではありませんか?

巨万の富に恵まれてもなお、愛する人がいない…
親友と呼ぶべき仲間を持っておらず、みんなから嫌われている…

こんな人がいるとすれば、それは大きな不幸です。

私たちは、どこに行こうと他者に囲まれ、他者との関係性のなかに生きる“社会的な個人”でした。

つまり、結局は「すべての悩みは対人関係の悩みである」に行き着いてしまうわけです。

私たちは“社会的な個人”であり、どうやっても対人関係の頑丈な網から逃れることはできない

→金銭的自由を手に入れても「対人関係の悩み・不自由さ」だけは残り続ける

では、対人関係のなにがわれわれの自由を奪っているのでしょうか?

イヤな上司や苦手な同僚など、いわゆる「敵」だけがあなたの自由を奪っているわけではありません。

大切な家族や友だちなど、あなたにとっての「仲間」であるはずの存在が、ときにあなたの自由を奪っているように感じることはありませんか?

対人関係における“不自由さ”の根底にあるもの…それは「承認欲求」なのではないか?と、哲人は問います。

つまり、他者の期待を満たすために生きていると、どんどん不自由になっていくというわけです。

アドラー心理学では、他者から承認を求めることを否定します。

哲人
哲人

われわれは「他者の期待を満たすために生きているのではない」のです。
〔…〕
他者の期待など、満たす必要は無いのです。

そう哲人は断言します。

他者から承認されてこそ、我々は自分には価値があると実感できると、思うかもしれません。

しかし他者からの評価ばかりを気にしていると、最終的には他者の人生を生きることになります。

自分が自分のために自分の人生を生きないのであれば、一体誰が自分のために生きてくれるでしょう?

あなたは他者のためにではなく、自分のために人生を生きてよいのです6

あなたを自由にする「課題の分離」

あなたが対人関係の不自由さから解放されるとっておきの方法、それが「課題の分離」です。

課題の分離とは?

課題の分離とは、身のまわりで起こるさまざまな問題について、「結果を最終的に引き受ける人はだれか」を考え、課題の一番の当事者(だれの課題であるか)を判断する方法


たとえば「宿題をしない」子どもがいるとしましょう。その子どもの親はあらゆる手を尽くして宿題をさせようとするかもしれませんね…

けれども「宿題をする/しない」という課題は、そもそも“だれの課題”なのでしょうか?

課題の分離の1例。宿題をしないのは誰の課題であるかを考える。

だれの課題かを判断するには、「その選択によってもたらされる結末を最終的に引き受けるのはだれか?」を考えます。

今回の宿題のケースでは「宿題をしない」という行動の結果を引き受けるのは、親でも先生でもなく、子どもです。

その行為の結果をだれが最終的に引き受けるか?を考えることで、だれの課題であるかを判定する。


よって「宿題をしない」のは「子どもの課題」であると判断されるのです。

そして、「子どもの課題」である限り、まわりの人間は課題を分離し、基本的には本人に任せ、過剰な干渉は避けるようにします。

「宿題をしない」のは子どもの課題なので、親や先生は課題を分離し、本人に任せるべし。

たとえ親であったとしても、子どもに強制的に宿題をさせようとするのは、他者の課題に対して、土足で踏み込むような行為7です。

哲人はいいます。

哲人
哲人

あらゆる対人関係のトラブルは、他者の課題に土足で踏み込むことーーあるいは自分の課題に土足で踏み込まれることーーによって引き起こされます。
課題の分離ができるだけで、対人関係は激変するでしょう。

「課題の分離」は、自由への道です。

他者の課題に介入すること、他者の課題を抱え込んでしまうことは、自らの人生を重く苦しいものにしてしまう。

もしも人生に悩み苦しんでいるとしたら、その悩みは対人関係なのだから、まずは「ここから先は自分の課題ではない」という境界線を知りましょう。

そして他者の課題は切り捨てるのです。

それがあなたの人生の荷物を軽くし、人生をシンプルなものにする第一歩となるでしょう。

↓【あわせて読みたい】課題の分離についてくわしく知りたい人はこちらの記事をチェック!

自由とは他者から嫌われることである

第三夜では、

  • 他者からの承認を求め続ける生き方
  • 「課題の分離」ができていない生き方


のように、他者の期待を満たすように生きる=不自由な生き方であることを見てきました。

けれども、なぜ私たちは不自由な生き方を選ぶのでしょうか?

哲人
哲人

どうしてそんな不自由な生き方を選んでいるのか?
〔…〕
要するに誰からも嫌われたくないのでしょう。

と哲人はいいます。

もちろん、嫌われたいと望む人など誰ひとりいません。

けれども、全員から嫌われないということは、現実問題として不可能です。

嫌われたくない!と思って八方美人な対応をすると、結局だれかに対して嘘をつくことになります。

つまり、他者から嫌われないようにする生き方は、自分に嘘をつき、周囲の人々にも嘘をつき続ける生き方なのです。

これは、自己中心的に生きろというわけでも、積極的に嫌われることをしろという意味でもありません。

しかし、自由を得たければ、他者から嫌われることを怖れてはならない。

自由とは、他者から嫌われることである


あなたがだれかに嫌われているということ…それはあなたが自由を行使し、自由に生きている証。

他者の評価を気にかけず、他者から嫌われることを恐れず、承認されないかもしれないというコストを支払わないかぎり、自分の生き方を貫くことはできません。

「わたしのことを嫌うかどうか」は他者の課題。そこに介入することはできないのです。

ゆるい
ゆるい

タイトルにもなっている「嫌われる勇気」の意味が哲人から語られます。
これは「嫌われてもいいから自己中心的に生きよう」という意味ではないことに注意されてください。
人間は他者とともに生きているので、ジコチューはNGなのです。
けれども、だからと言って他者に依存しすぎるのも違う…。
その折り合いをつけるのが「課題の分離」であり「嫌われる勇気」なのです。

↓【あわせて読みたい】こうした誤解を考察したのがこちらの記事です。

第四夜 世界の中心はどこにあるのか

ゆるい
ゆるい

『嫌われる勇気』もいよいよ後半戦へ。
アドラー心理学の最重要概念「共同体感覚」へと議論が深まっていきます…

“自己への執着”から“他者への関心”へ(対人関係のゴール「共同体感覚」)

第三夜は「課題の分離」について、青年が次のような疑問を投げかけるところから始まります。

青年
青年

課題の分離は他者とのつながりを失う、孤独な生き方ではないか?
これはきわめて自己中心的な、誤った個人主義なのではないか?


これに対し、哲人は次のように答えます。

哲人
哲人

良好な対人関係を結ぶには、ある程度の距離が必要だ。密着してしまうと、向かい合って話すこともできない。しかし、距離が遠すぎてもいけない〔…〕
課題の分離は、他者を遠ざけるための発想ではなく、複雑に絡み合った対人関係の糸をときほぐしていくための発想なのだと考えてください。

つまり、対人関係は課題を分離したところで終わるものではない。課題を分離することは、対人関係の出発点だというのです。

では、アドラーは対人関係のゴールはどこにあると考えているのか?

哲人はそれを「共同体感覚」という重要概念から説明します。

共同体感覚(social interest)8とは、他者を仲間だと見なし、そこに「自分の居場所がある」と感じられること


アドラー心理学では「すべての悩みは、対人関係の悩みである」と考えました。

これは逆にいうと、幸福の源泉もまた対人関係にあるということ。

そして、共同体感覚とは、幸福な対人関係のあり方を考えるもっとも重要な指標なのです。

共同体感覚は英語で“social interest”。これは直訳すると「社会への関心」を意味します。

つまり共同体感覚とは、自己への執着(self interest)を、他者への関心(social interest)に切り替えていくことなのです。9

しかし青年は納得いかず、次のように問いかけます。

青年
青年

わたしの人生が一本の長編映画だとした場合、主人公は間違いなく「わたし」なのですよ?
主人公にカメラを向けることがそんなに糾弾されるべきことなのですか?


たしかに、自分の人生における主人公は「わたし」です。

しかし「わたし」は人生の主人公ではあるのですが、あくまでも共同体の一員であり、全体の一部にすぎません。

自分にしか関心を持たない人は「人生の主人公」を飛び越えて「世界の主人公」になっています。

こうした人たちが他者と接するとき「この人はわたしに何を与えてくれるのか?」ばかり考えます。

しかし、その期待が毎回満たされるわけではないから人生は苦しいものになってしまうのです。

このような「自分が世界の中心(self interest)」という発想から抜け出す。

「この人はわたしになにを与えてくれるのか?」ではなく、「わたしはこの人になにを与えられるか?」へと問いを変えましょう。

そして「他者への関心(social interest)」つまりは、他者・共同体へと積極的にコミット10していく。

人間の本能にある所属感とは、ただそこにいるだけでは得られない。他へと貢献することによってはじめて得られるのです。

アドラー心理学の対人関係のゴール:共同体感覚
→自己への執着(self interest)から脱け出し、他者への関心(social interest)へと切り替える
→他者・共同体へと貢献することで、人は所属感を感じることができる

より大きな共同体の声を聴け

共同体に貢献することで、所属感を持てといわれても、会社とか家庭とか目の前の共同体がそもそも好きになれないよ…

そんなことを思う人もいるのではないでしょうか?

そんなあなたには特に知ってもらいたい、共同体感覚の大事だけれどもわかりにくいポイント…

それは、共同体感覚でいう「共同体」が、会社とか家庭とか身近な「共同体」だけではないということ。

それは国家をも超え、過去から未来のすべての人類、果てには動植物や無生物、宇宙全体までも含まれるとされます。

といわれても、よくわかりませんよね…。とりあえずまずは、目の前の共同体にこだわらなくてもOK!と理解しましょう。

哲人はこのことを、次のようにいいます。

哲人
哲人

われわれが対人関係のなかで困難にぶつかったとき、出口が見えなくなってしまったとき、まず考えるべきは「より大きな共同体の声を聴け」という原則です。

学校、会社、家庭…あなたが所属する共同体になじむことができずに苦しいとき、アドラー心理学のアドバイスは「より大きな共同体の声を聴け」ということ。

たとえば、あなたの学校で、教師が絶対的な権力者として振る舞っていたとします。

しかしそんな権力や権威は、学校という小さな共同体だけで通用する話であって、それ以上のものではありません。

「人間社会」という共同体で考えるなら、あなたも教師も対等の「人間」です。理不尽な要求を突きつけられたのなら、正面から異を唱えてかまわないのです。

もちろん、目の前の教師に異を唱えるのは、むずかしいと感じるかもしれません。

けれども、哲人は言います。

哲人
哲人

もしもあなたが異を唱えることによって崩れてしまう程度の関係なら、そんな関係など最初から結ぶ必要などない。こちらから捨ててしまってかまわない。

関係が壊れることだけを怖れて生きるのは、他者のために生きる、不自由な生き方です。

われわれは、目の前の小さな共同体に固執することはありません。

もっとほかの「わたしとあなた」、もっとほかの「みんな」、もっと大きな共同体は、かならず存在するのです。

↓共同体感覚についてもっと知りたい人は、この記事をチェック!

課題の分離→横の関係→勇気づけ→共同体感覚

ゆるい
ゆるい

第四夜の後半は『嫌われる勇気』の一番わかりにくい部分。(要約するのにも、とっても時間がかかりました…)
ただ、ここが理解できたらアドラー心理学の真髄を理解したといってもよいと思います。
がんばってついてきてくださいね!

『嫌われる勇気』でわかりづらいのが

  • 課題の分離:相手の課題を切り捨て、自律的に生きる
  • 共同体感覚:共同体のなかに所属感をもつ

というのが、一見矛盾しているように思えることです。

青年もこの点に疑問をもち、

青年
青年

「課題の分離」からどうやって対人関係を築き、最終的に「ここにいてもいいんだ」という共同体感覚まで至ればいいのです?

と問いかけます。

このことについての哲人の答えは正直とてもわかりづらいのですが、ずばりまとめると次のようになります。

課題の分離と共同体感覚はどうつながる?

課題の分離
→横の関係:介入ではなく援助する
→勇気づけ:相手の貢献へと感謝する
→共同体感覚:1人1人が貢献感・所属感をもつ11

ここで「課題の分離」によって、1人1人がバラバラに切れてしまうのではなく、関係性が「横の関係」に変わっていくというのが最初の関門です。

人間関係には、上下の優劣でとらえる「縦の関係」と、対等に協力し合う「横の関係」の2つがあるといいます。(それらを比較したものが次の表)

アドラー心理学ではあらゆる「縦の関係」を否定し、すべての対人関係を「横の関係」とすることを提唱します。

なお面白いのが、人間は「この人とは対等に」「こっちの人とは上下関係で」とはならないということ。

つまり、縦の関係か横の関係か、どちらか一方しか選べません。

そして、もしもあなたが誰かひとりとでも縦の関係を築いているとしたら、あなたは自分でも気づかないうちに、あらゆる対人関係を「縦」でとらえているといいます。

課題を分離すると、1人1人がバラバラになるわけではなく、関係性が「横の関係」へと変化する

もう1つポイントなのが、「横の関係」は相手を評価せず、相手の貢献に感謝します。(これを“勇気づけ”という)

そして、人は他者からの感謝によって「自分には価値がある、共同体にとって有益なのだ、他者に貢献できている」と思えるのです。

そして「自分は貢献している」と実感できたとき、人は共同体への所属感「共同体感覚」をもつことができるわけです。

課題が分離された「横の関係」では、相手を評価せず、感謝し勇気づける
→相手は貢献感を実感することができ、共同体感覚をもつことができる

障害を持った人やニートとか社会に貢献しない人(できない人)はどうなるの?

ここはかなり要注意ポイントなのですが、アドラー心理学では「行為12」のレベルではなく、「存在」のレベルでの貢献を感じ、感謝していきます。

つまり、生きていることそのものに価値があるという考え方なのです。

ゆるい
ゆるい

存在そのものに価値があり、世界へと貢献している…。
これは1つの「信仰」だといってよいでしょう。
あなたはこのアドラー心理学の考え方を受け入れますか?それとも疑問を持ちますか?

↓この部分やっぱりちょっとわかりづらい!という人はこの「勇気づけ」の記事をあわせて読んでみてください

第五夜「いま、ここ」を真剣に生きる

自己への執着から抜け出すために必要な3つのこと

第五夜では、共同体感覚への歩み方について、より具体的に説かれます。

哲人によると、共同体感覚を獲得するためには次の3つのことが必要です。

共同体感覚を獲得するために必要な3つのこと
  1. 自己受容
  2. 他者信頼
  3. 他者貢献

最初のステップは自己受容。

自己受容とは「できない自分」をありのままに受け入れ、できるようになるべく前進して行くこと。

これは、できもしないことに対しても「私はできる」と自己暗示する「自己肯定」とは明確に区別されます13


自己受容に続くのが、他者信頼。

他者信頼とは、いっさいの条件をつけずに他者を信じることです。

これは、条件つきで相手を信じる「信用14」とは区別されます。

もちろん、これは万人を無条件で信頼しなくてはならないという意味ではありません。また、信頼して裏切られることだってあるかもしれません。

しかし、信頼することを怖れていたら、結局はだれとも深い関係を築くことはできないのです。

だれかと横の関係を築こうと思ったとき、まず相手のことを“無条件に”信頼してみることを、アドラー心理学では提案します。

ゆるい
ゆるい

そんなの無理だよ!と思うかもしれませんが、これは「心持ち」「考え方」「信念」みたいな話。アドラー心理学とはひとつの思想なのです。

「自己受容」と「他者信頼」ができたとき、あなたにとって他者とは仲間だと思えるでしょう。

そして仲間である他者に対して、なんらかの働きかけをしていく、素直な気持ちから貢献しようとする。これが他者貢献なのです。

ここでの他者貢献は、自分を捨てて相手にただただ尽くす自己犠牲とはちがいます。

たとえば仕事などで、相手に尽くすなかで「ここにいていいんだ!」「自分の生きがいはこれだ」という存在価値を感じたことはありませんか?

アドラー心理学の他者貢献とは、こうした「利他(他者のため)=利己(自分のため)」という境地の話です。


さて、共同体感覚への道である「自己受容」「無条件の信頼」「他者貢献」は、いざ実践してみるとかなり難しいでしょう。

実際、アドラー心理学をほんとうに理解して、生き方まで変わるようになるには「それまで生きてきた年数の半分」が必要になるとさえいわれています。

けれども、正しい道を歩んでいれば、必ずやあなたは自分の人生を変えることができる…。

また、もしあなたがアドラー心理学と若くして出会ったとしたら?それは世の大人たちよりも前を歩いていることを意味すると哲人ははげますのです。

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