「ぼくは、ほんとうのくまみたいに、ほらあなにすんでみたい!」
セイヤーくんの留守をチャンスに家出を決意したぜんまい式のくまのおもちゃ、ビーディーくん。
自分だけの冒険を夢見る姿は、「ひとりでできる」と挑戦したい子どもの気持ちそのもの。でも、本当に大切なものは何なのか、あたたかな発見に満ちた物語。
おすすめ年齢:3歳から

あらすじ
『くまのビーディーくん』(原題:Beady Bear、1954年)は、ぜんまい式のくまのおもちゃ、ビーディーくんの小さな冒険を描いた物語です。
ビーディーくんは、持ち主のセイヤーくんが大好き。ときどきコトンと倒れて動けなくなると、セイヤーくんがていねいにねじを巻いてくれます。
ある日、セイヤーくんが留守の間に、ビーディーくんは大きな決心をします。本で読んだ「ほんとうのくま」のように、ほらあなに住んでみたいと思ったのです。セイヤーくんへの書き置きを残し、くまにふさわしい住処を探す冒険に出かけました。
幸運にも、ビーディーくんはぴったりサイズのほらあなを見つけます。「ぼくのようなゆうかんなくまには、おあつらえむきのばしょだ」と大喜び。
でも、何かが足りない気がして、枕や懐中電灯など、必要なものを取りに何度も家とほらあなを行ったり来たり。荷物を抱えるたびに、雪の上の足跡はどんどん増えていきます。
すべての準備が整ったはずなのに、ビーディーくんはどうしても落ち着きません。何か大事なものが足りないのです…….。
自立と愛着のバランス ― 小さな冒険の意味
表紙のビーディーくんを見つめると、思わず微笑みがこぼれます。丸い目とちょこんとした鼻、少し不安げでありながらも好奇心いっぱいの表情。
モノクロの絵でありながら、フリーマンはビーディーくんに豊かな表情を与え、読者を優しく物語の世界へと誘います。
この作品に親しみを感じるのは、日常の風景とも重なるから。私の家でも、3歳の子どもがぬいぐるみと真剣に会話をし、夜はぎゅっと抱きしめて眠ります。多くの親が目にする、そんな小さな光景。
この日常が、セイヤーくんとビーディーくんの特別な関係と自然に重なります。子どもにとってぬいぐるみは単なる「もの」ではなく、喜びも悲しみも分かち合う、大切な友だちなのです。
そんなビーディーくんの設定に、私は思わずわが子の姿を重ねてしまいました。自分の意志で「ほんとうのくまみたいに、ほらあなに住みたい」と冒険に出る勇気を持ちながら、ときどきぜんまいを巻いてもらわなければ動けない。
「ひとりでやる!」と主張しつつも、時に手助けが必要な子どもの姿そのもの。留守番の寂しさから本の知識を頼りに冒険へと踏み出すビーディーくんを通して、自分の世界を少しずつ広げていく子どもの成長過程が優しく描かれています。
この成長過程を、物語はさらに深めていきます。ビーディーくんはほらあなを居心地よくするため、枕や懐中電灯を次々と運び込みます。でも、どれだけ準備を整えても、どこか満たされない何か。
私はここに、「自立(independence)」と「依存(dependence)」のバランスという繊細なテーマを感じます。自分の力で生きていく喜びと、誰かとつながっていたい安心感。この2つの欲求は対立するものではなく、むしろ互いを補い合う「相互依存(interdependence)」の関係にあるのでしょう。
ぜんまいを巻いてもらう必要のあるビーディーくんは一見弱く見えますが、セイヤーくんにとっても彼は欠かせない存在。この「もちつ持たれつ」の関係こそ、シンプルな物語に込められた温かなメッセージだと思います。
そしてラストシーンの抱擁。「自分でできるようになりたい」という子どもの願いと「愛されたい」という素直な気持ち。この両方が自然に溶け合う瞬間を、フリーマンは静かに描き出しています。
「冒険してもいいんだよ、でも帰る場所はいつもここにあるよ」—そんなメッセージが伝わる結末に、わが子をぎゅーっと抱きしめたくなる。子どもの成長を見守る喜びと、ときに感じる寂しさが胸に残る、小さくても味わい深い絵本です。
著者紹介
ドン・フリーマン(1908-1978)はアメリカのサンディエゴ生まれの画家、版画家、漫画家であり、子どもたちに愛される多くの作品を生み出しました。
彼の作品の魅力は、モノクロでありながら温かさを感じさせる独特の版画技法にあります。特に代表作『くまのコールテンくん』(1968年)は、デパートの売り場に取り残されたぬいぐるみのコールテンくんと少女の心温まる物語として、世界中で愛され、後にアニメシリーズにもなりました。
訳者の松岡享子さんは、日本を代表する児童文学者で、『くまのパディントン』など多くの名作絵本の翻訳を手がけています。1974年には石井桃子さんらと東京子ども図書館を設立し、子どもたちと本をつなぐ活動に尽力してきました。
関連書籍紹介
『くまのコールテンくん』 (訳:松岡享子/偕成社)

フリーマンの代表作として世界中で愛されている絵本。おもちゃ売場に取り残されたぬいぐるみと、彼を見初めた女の子の出会いを描いています。自分の貯金をはたいてまで欲しいと思わせる、くまの人形の魅力が伝わってきます。
『しずかに!ここはどうぶつのとしょかんです』 (訳:なかがわちひろ/BL出版)

毎週図書館に通う少女カリーナの想像力豊かな物語。「動物だけが入れる特別な日があったら」という空想から、カナリアやライオン、ぞうたちが次々と本を読みに集まる様子が愉快に描かれています。動物好き、図書館好きの子どもたちに特におすすめです。
『くれよんのはなし』 (訳:西園寺祥子/ほるぷ出版)

箱から飛び出した8本のクレヨンが画用紙の上に絵を描いていくユニークな絵本。本そのものを画用紙に見立てるという斬新なアイデアが魅力で、子どもたちの創造力を刺激する仕掛けがいっぱいです。
『ダンデライオン』 (訳:アーサー・ビナード/福音館書店)

キリンのジェニファーさんのお茶会に招かれたダンデライオンが、おしゃれしすぎて誰だかわからなくなる愉快な物語。自分らしさの大切さをユーモアたっぷりに伝える、詩人アーサー・ビナードの訳文が光る作品です。