デューイの思想を学んでから数週間。ことはは教室での実践を通じて「理想と現実の相互作用」を体験し、新たな手応えを感じていた。しかし、さらなる深みを求めて再びあつゆる書房を訪れる。前回話題に上がったアドラーの「共同体感覚」について、今度はじっくりと学びたいと思ったのである…
ことは:
(扉の音とともに)こんにちは…お久しぶりです!
あつゆる:
(振り返って)おや、ことはさん。久しぶりだね。でも今日はちょっと…疲れてる?
ことは:
(椅子に座りながら、苦笑いして)バレました?実は、デューイの話を聞いてから、教室で色々試してみたんですけど…。
あつゆる:
うまくいかなかった?
ことは:
いえ、むしろうまくいったんです。それが逆に悩みの種で…。
あつゆる:
ほう、うまくいって困るとは珍しいね。どんなことをしたんだい?
ことは:
「理想と現実の相互作用」って言葉が頭にあって、まず子どもたちと「理想のクラス」について話し合ったんです。そうしたら、普段おとなしい子も含めて、みんな意外にいろんな思いを持ってて。
あつゆる:
それはいいことじゃないか。
ことは:
ええ。最初はバラバラだった意見が、「なぜそう思うの?」って掘り下げていくうちに、だんだん「みんなが安心して発言できるクラス」っていう共通の願いが見えてきたんです。
あつゆる:
(感心して)それはまさにデューイの言う「公衆の形成」の過程だね!
ことは:
ありがとうございます。でも、そこからが大変で…。子どもたちが「じゃあ、どうすればいいか」って真剣に考え始めたのはいいんですけど、今度は一人ひとりの思いが強すぎて。
あつゆる:
ああ、なるほど。
ことは:
「自分が安心できる」ことばかり主張する子、逆に「みんなのため」を理由に他の子を抑えつけようとする子…。「個」と「協働」って、言葉では簡単だけど、実際はすごく難しいんだなって痛感しました。
あつゆる:
(深くうなずいて)それは貴重な体験だったね。理論を実践してみて初めて見えてくる課題というのがあるものだよ。
ことは:
そうなんです。特に気になったのが、すごく優しい子なのに、なぜかクラスで孤立しがちな子がいるんです。その子を見ていて思ったんですが…。
あつゆる:
どんなことを?
ことは:
デューイの話では「問題解決のプロセス」が大切だって学びましたけど、そもそも人が他の人とつながろうとする「気持ち」の部分は、どこから生まれるんでしょう?
あつゆる:
おお、それは核心的な問いだね。
ことは:
その子は頭もいいし、話し合いの時も的確な意見を言うんです。でも、どこか「つながり」が薄いというか…。問題解決の技術だけじゃない、もっと根本的な何かが必要なんじゃないかって。
あつゆる:
まさにそこが、アドラーが注目した部分なんだ。デューイが社会的なプロセスから考えたのに対して、アドラーは個人の心の中で育つ「感覚」から出発した。
ことは:
(身を乗り出して)それです!前回最後におっしゃっていた「共同体感覚」って、その「つながろうとする気持ち」のことなんでしょうか?
あつゆる:
(微笑んで)君の実践から生まれた疑問だからこそ、アドラーの話がより深く理解できると思うよ。じっくり話してみよう。
あつゆる:
(本棚から1冊の本を取り出して)そうだな…まずは、アドラーがどんな体験から共同体感覚を考えるようになったか、ことはさんどう思う?
ことは:
えーっと…確か最初に聞いた時、「孤立した生活を送っているために…」みたいな言葉がありましたよね。
あつゆる:
おお、よく覚えているね。アドラーのこの言葉のことだね。
「孤立した生活を送っているために、人間の本性については誰も知らない。〔…〕我々は同胞たちとの接触を十分に見つけることができないために、彼らは我々の敵となってしまうのである。」
ことは:
そうそう!それです。つまり、アドラーは孤立の問題に興味を持っていたということでしょうか?
あつゆる:
その通り。でも面白いことに、アドラー自身は全然孤立していなかったんだよ。
ことは:
え?そうなんですか?
あつゆる:
(本をめくりながら)アドラーは自分の人生をこう振り返っている。
思い出す限り、私はいつも友人や仲間に囲まれていた。だいたいにおいて私は友だちに大いに好かれた。このような友達は途切れることなく次々にできた。
ことは:
あ、それって私の逆ですね。私、学生時代はどちらかというと一人でいることが多くて…。だからこそ、教室で一人ぼっちの子を見ると放っておけないんです。
あつゆる:
なるほど。ということは、ことはさんも「つながり」の大切さを体験的に知っているということだね。
ことは:
そうですね。一人でいる辛さを知っているから、みんなが仲良くできるクラスにしたいって思うんです。
あつゆる:
じゃあ、ことはさんにとって「つながり」って何だろう?
ことは:
(考え込んで)うーん…一緒にいて安心できることでしょうか。困った時に支え合えることとか。
あつゆる:
いいね。では、ことはさんが教室で一人ぼっちの子を見つけた時、どんな気持ちになる?
ことは:
人ごとじゃないって感じます!「あ、私も昔こうだった」って。それで何とかしてあげたくなるんです。
あつゆる:
その「人ごとじゃない」という感覚と、「何とかしてあげたい」という気持ち…実はそれが共同体感覚の基本形なんだ。
ことは: え?そうなんですか?
あつゆる:
アドラーが書いた続きを読んでみよう。
私が人との協力が必要であることを理解するようになったのは、おそらく他の人と結びついているという、この感覚によるものだった。これが後に個人心理学の鍵となった主題である。
ことは:
(ハッとして)あ!「他の人と結びついているという感覚」…それって私が感じる「人ごとじゃない」という気持ちと同じかもしれません。
あつゆる:
まさに!ことはさんは既に共同体感覚の片鱗を体験しているんだね。
ことは:
でも、「共同体感覚」って、もっと難しい概念なんじゃないですか?
あつゆる:
実は、アドラー自身も明確な定義は与えていないんだよ。
ことは:
え?定義がないんですか?それじゃあ分からないじゃないですか。
あつゆる:
(笑いながら)アドラーは理論家というより実践家だった。言葉で説明するより、体験を通して理解してもらおうとしたんだ。
ことは:
なるほど…。でも、何か手がかりはあるんですよね?
あつゆる:
そうだね。ことはさんが今感じた「人ごとじゃない感覚」と「何とかしたい気持ち」…これがまさに共同体感覚の核心と言ってもいいかもしれない。「共同体感覚」はね、ドイツ語で “Mitmenschlichkeit” というんだ。
ことは:
ミット…何ですって?
あつゆる:
(笑いながら)”Mitmenschlichkeit“。この言葉を分解してみると次のようになる。
“mit” →「共に」
“menschen” →「人間たち」
“-lichkeit” →「〜的なこと」
ことは:
(考えながら)ということは…「人と人とが共にあること」?
あつゆる:
そういうことになる。アドラーは、共同体感覚の核心を「人と人とが共にある」ことに置いたんだね。ことはさんが感じる「人ごとじゃない」という感覚は、まさに “Mitmenschlichkeit” だと言っていいのかもしれない。
ことは:
なるほど…。でも、アドラーの本って日本語や英語でも読めますよね?翻訳の時はどうしてるんでしょう?
あつゆる: いい質問だね。実は、アドラーが後にアメリカで活動するようになって、自分で英語の訳語として “social interest” という言葉を好んで使うようになったんだ。
ことは:
ソーシャル・インタレスト…。「社会への関心」ってことですか?
あつゆる:
その通り。興味深いのは、この英語訳から共同体感覚のもう1つの側面が見えてくることなんだ。
ことは:
どういうことですか?
あつゆる:
“Mitmenschlichkeit”が「つながりの感覚」を表すなら、”social interest”は「他者への関心」を強調している。つまり、共同体感覚には2つの要素があるということだね。
ことは:
ああ、なるほど!まず「つながっている」と感じて、それから「関心を向ける」という流れなんですね。
あつゆる:
まさに。ことはさんの体験で言えば、その子と自分は「同じ人間だ」「つながっている」という感覚があって、「何とかしてあげたい」という関心が生まれる。前者が “Mitmenschlichkeit”、後者が “social interest” の側面なんだ。
ことは:
(ハッとして)そうか!私が感じた「人ごとじゃない」って感覚と「声をかけてみよう」って思う気持ち、この2つがセットになってるんですね。
あつゆる:
その通り!実際、著名なアドラー研究者は「他者への関心が共同体感覚である」と結論づけているほどなんだ。でも、君の体験からも分かるように、関心だけでは不十分で、その前提として「つながりの感覚」が必要なんだよ。
ことは:
なるほど…。でも、そういう感覚って、どうやって育てていけばいいんでしょう?私のクラスには仲良しグループがあるんですけど…。
あつゆる:
仲良しグループか。興味深いね。
ことは:
はい。グループの中では優しいんですけど、グループの外の子には冷たいんです。「みんな仲良く」って言うんですけど、結局は自分たちだけで固まっちゃって。
あつゆる:
それは共同体感覚を考える上で、とても重要な問題だね。ことはさんはその状況をどう思う?
ことは:
(考え込んで)うーん…「つながりの感覚」はあるけど、それが身内だけに限定されてるってことでしょうか?
あつゆる:
鋭い!まさにそこが重要なポイントなんだ。でも、アドラーの共同体感覚は、身内だけの「仲良しクラブ」では終わらない特徴があるんだよ。
ことは:
え…それはどんな特徴なんですか?