【教師のための思想入門】デューイとアドラー編①| “個”と “協働”なんて両立できるの?

哲学

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登場人物紹介

哲美 ことは
公立中学校の教員3年目。熱心で行動力のある性格で、生徒思いの若手教師。新しい教育方法に興味があり、様々な実践にチャレンジしているが、理想と現実のギャップに悩んでいる。
あつゆる
「あつゆる書房」店主。教育や哲学、心理学などに幅広い知識を持ち、本屋に訪れる様々な人々の相談相手となっている。教師、学生、会社員、主婦など、いろんな背景を持つ人々が悩みを抱えて店を訪れる。

 春の陽気が漂う4月のある日、ことはの行きつけの本屋「あつゆる書房」にて。


ことは:あつゆるさん、相談があって…。

あつゆる:おや、ことはさん。久しぶりだね。どうしたの?何か悩み事?

ことは:はい…。教員になって3年目なんですけど、最近すごく混乱しています。

あつゆる:そうか。3年目か。もう学校の流れはわかってきた頃だね。どんなことで混乱してるの?

ことは:実は、「個」を大切にしろって言われる一方で、「協働」も大事だって。でも、どっちなの?って感じで…。

あつゆる:なるほど。「個」と「協働」の問題か。確かに難しいテーマだね。

ことは:そうなんです。学習指導要領で「主体的・対話的で深い学び」が大事って言われていて。でも、一方で「個に応じた指導」も求められてるんです。AI とかで個別最適化された学びもできるようになってきてて…。そもそも学校で集団で学ぶ意味って何なのかなって考えちゃって。

あつゆる:うん、その悩み、よくわかるよ。

ことは:それに、授業でも困ってて。個別化しようとすると特別扱いだって批判されるし、かといって一斉教授だと “落ちこぼれ” や “吹きこぼれ1” の問題も…。

あつゆる:そうだね。「個」と「協働」を両立するのは簡単じゃないよね。

ことは:はい…。それで、協働学習の理論とか勉強したんです。西川純さんの『学び合い』とか、苫野一徳さんの「自由の相互承認」とか…。でも、実践してみると、うまくいかないんです。

あつゆる:具体的にはどんな感じだったの?

ことは:『学び合い』で、「生きていくにはいろんな人と折り合いをつけることが大事」だって伝えたんですけど、子どもたちの顔がなんか曇っているというか、全然響いている感じがしなくて…。あとは「自分の自由のために他人の自由も認めよう」って言っても、みんなピンとこないみたいで。

あつゆる:なるほど。理論と実践のギャップに悩んでるんだね。

ことは:そうなんです。今って “個の時代” って言われてますよね。自己実現とか自己責任とか。「あなたはあなた、私は私」みたいな。そんな中で、協働って本当に必要なんでしょうか?必要だとしたら、どうやって子どもたちに伝えればいいんでしょう。

あつゆる:深い悩みだね。でも、そうやって真剣に考えてるってことは、ことはさんはいい方向に進んでるよ。

ことは:そう…でしょうか。

あつゆる:うん、そうだよ。実はね、この問題に真正面から取り組んだ思想家がいるんだ。ジョン・デューイアルフレッド・アドラーっていうんだけど。

ことは:あ、デューイって名前、採用試験のときに聞いた気がします。アドラーは…アドラー心理学の人ですよね?でも、正直あまりよく知らなくて…。

あつゆる:そうだね。デューイは20世紀初頭のアメリカの教育哲学者なんだ。経験を通じての学びを重視して、「なぜ学校で学ぶのか」という問いに向き合った人だよ。民主主義社会における教育の役割についても深く考えたんだ。

アドラーはウィーン生まれの心理学者で、フロイトと同時代の人なんだ。個人心理学という考え方を作った人で、人間の社会的な側面や協調性を特に重視したんだよ。「共同体感覚」という言葉を使って、人と人とのつながりの大切さを説いたんだ。

ことは:へぇ、なるほど…。でも、その人たちが100年も前から今の教育の問題を考えてたんですか?

あつゆる:そうなんだよ。例えばアドラーはこんなことを言ってる。

孤立した生活を送っているために、人間の本性については誰も知らない。かつては、人類が今日のような孤立した生活を送ることは不可能であった。〔…〕我々は同胞たちとの接触を十分に見つけることができないために、彼らは我々の敵となってしまうのである。

(Adler 1926=1927: 3)

ことは:わぁ、100年も前なのに、今の問題を言い当ててる気がします…。

あつゆる:そうだね。デューイもこんなことを言ってるんだ。

個人の独立性の増大が個人の社会的能力の減少をもたらすことになる危険がつねにある。個人がより自立的になるにつれて、その個人はより自己満足的になる、つまり、冷淡さや無関心に至ることがあるのである。

(Dewey 1916=1975(上): 78-79)

ことは:すごい…。今の私たちの悩みを、もう昔から考えてた人がいたんですね。

あつゆる:そうなんだ。彼らは、社会変化の中で失われつつある人間同士の協働関係を、なんとか回復・再構築しようとしたんだよ。しかも、ことはさんが求めてた、もっと積極的な意味での「利他」を強調してるんだ。

ことは:へぇ、それは興味深いです。もっとくわしく教えてください。

あつゆる:うん、デューイの「民主主義」とアドラーの「共同体感覚」っていう理念が、今のことはさんの悩みにヒントをくれるかもしれないんだ。これらを通じて協働の意義について深く考えていけたらいいと思うんだけど、興味ある?

ことは:はい、ぜひ知りたいです!

あつゆる:そうか、嬉しいな。実は、ちょうどいい本があるんだ。よければ、見てみる?

ことは:はい、お願いします!

 春の柔らかな日差しが本屋の窓から差し込み、新しい本の匂いが漂う中、教育の本質を探る旅は、ここから始まる。

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参考文献
Adler, A. (1926) Menschenkenntnis. Leipzig: Hirzel. = (1927) Understanding Human Nature. Translated by Wolfe, W. B. New York: Greenberg, Publisher, Inc.=(2008)『人間知の心理学』岸見一郎訳  アルテ

Dewey, J. (1916) Democracy and Education, An Introduction to the Philosophy of Education. In: Boydston, Jo Ann (ed) (1980) Collected Works of John Dewey, The Middle Works, 1899-1924(9) Carbondale: Southern Illinois University Press. =(1975)『民主主義と教育(上)(下)』松野安男訳 岩波文庫