ハラリ『NEXUS』が解き明かす「情報の正体」―SNSで求めているのは”真実”ではない【考察・感想】

哲学

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あなたは SNS で何かをシェアしようとするとき、そもそもなぜシェアしたいと思うのだろうか?

その記事や画像、動画を見て「これは共有する価値がある」と感じる瞬間、実は私たちは無意識のうちに「誰かとつながりたい」という欲求に動かされているのではないだろうか?

ユヴァル・ノア・ハラリの新著『NEXUS 情報の人類史』は、この「情報」と「つながり」の関係について、根本的な視点の転換を迫る1冊。

著:ユヴァル・ノア・ハラリ, 翻訳:柴田裕之
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この記事では、『NEXUS 情報の人類史 上 人間のネットワーク』より、第1章「情報とは何か?」に焦点を当て、情報社会を生きる私たちの日常行動の隠された動機について考えてみたい。

情報とは「真実」ではなく「結合」である

情報とは何だろうか?この素朴な問いに対する伝統的な回答は「現実を表示するもの」というものだろう。

辞書を開けば、情報は「知らせ」「データ」「知識」などとされ、「真実」と「情報」は近しい概念として扱われる。


しかしハラリは、この常識的な理解に根本から挑戦する。

タイトルにもなっている「ネクサス」(nexus)という言葉には、重要な意味が込められている。

この言葉は「つながり」「結びつき」「絆」といった意味に加え、「中心」「中枢」というニュアンスも持つ。


ハラリはこの多層的な意味を持つ言葉を選ぶことで、彼が見出した情報の本質を象徴的に表現している。

情報の決定的な特徴は、物事を表示することではなく結びつけることであり、別個の点どうしをつないでネットワークにするものなら、何でも情報となる。情報は必ずしも、私たちに何か物事について教えてはくれない。むしろ、情報(インフォメーション)は物事を配置して構成された状態(イン・フォーメーション)にする。

『NEXUS 情報の人類史 上 人間のネットワーク』p47

西洋思想の伝統において、情報は常に「現実を映し出す鏡」として理解されてきた。クロード・シャノンは情報を「不確実性の減少」と定義し、多くのメディア理論家は「メッセージの伝達」に焦点を当ててきた。

だがハラリは反論する、情報の主要機能は「真実を伝えること」ではなく「人と人をつなぐこと」にあると。


彼は言葉で遊ぶように、インフォメーション(information)を「配置する」(in-formation)という原義から解釈し直す。

情報は私たちを特定の「フォーメーション」へと配置するものなのだ。

つまり、「ネクサス」としての情報は単なるデータの集合ではなく、社会的関係の結節点であり、人々を特定のパターンへと組織化する力を持つのである。


ハラリは具体例を挙げる:

ホロスコープは恋人たちを占星術のフォーメーションに配置し、プロパガンダ放送は有権者を政治的なフォーメーションに配置し、進軍歌は兵士たちを軍事的なフォーメーションに配置する。

『NEXUS 情報の人類史 上 人間のネットワーク』p47

この単純だが深遠な視点の転換は、なぜ人間が古来より占星術や宗教的儀式に引き寄せられるのかという謎を解く。

そうした情報が「真実」を伝えないとしても、共同体への所属感、「絆」や「つながり」をもたらすからだ。


同様に、フェイクニュースから SNS 依存まで、現代の情報環境の謎も「ネクサス」の概念で読み解ける。

要するに、情報は現実を表示しているときもあれば、そうでないときもある。だが、情報はつねに人や物事を結びつける。

『NEXUS 情報の人類史 上 人間のネットワーク』p52

この定義に立てば、私たちが日々 SNS で行っている「いいね」や「リツイート」の真の目的が見えてくる。

それは情報の正確さを確認することではなく、特定の「フォーメーション」—特定の信念や価値観を共有する集団—への所属を確認する儀式にほかならない。

情報は、その「中心」「中枢」としての機能によって、私たちの社会的アイデンティティを形成し維持しているのである。

「虚構」から「ネクサス」へ

「ネクサス」概念の革命性を理解するには、ハラリの主著『サピエンス全史』にまで遡る必要がある。

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『サピエンス全史』で、ハラリは約7万年前に起きた「認知革命」によって、私たちホモ・サピエンスが「虚構」を語る能力を獲得したと論じた。

伝説や神話、神々、宗教は、認知革命に伴って初めて現れた。それまでも、『気をつけろ! ライオンだ!』と言える動物や人類種は多くいた。だがホモ・サピエンスは認知革命のおかげで、『ライオンはわが部族の守護霊だ』と言う能力を獲得した。虚構、すなわち架空の事物について語るこの能力こそが、サピエンスの言語として異彩を放っている。

『サピエンス全史(上)』ユヴァル・ノア・ハラリ著 p39

この「虚構」の力によって、私たちは見ず知らずの人々と大規模に協力できるようになった。

「国家」「貨幣」「企業」といった共通の物語を信じることで、血縁関係のない他人同士が協力し、文明を築くことができたのだ。

『NEXUS』は、この思想をさらに一歩進める。

「虚構」が「想像上の概念」に焦点を当てていたのに対し、「ネクサス」はすべての情報に適用される。

つまり「ライオンだ!」という事実伝達さえも、本質的には「共通の危機に立ち向かう仲間」というフォーメーションへと人々を配置する社会的装置なのだ。


私たちの日常は「ネクサス」で満ちている。

「今日は〇〇が先発で、中日が広島に勝ってるみたいだよ」という会話は事実の情報交換だけでなく、共通の関心を通じた仲間意識の確認でもある。銭湯での「今日は水温が高いね」も、実は常連同士の絆を確かめる社会的儀式だ。

より大きなスケールでは、聖書は歴史上最強の「ネクサス」の1つ。その力は事実の正確さより、物語を共有することで生まれる結合力にある。


人類の歴史的成功も、ハラリによれば「ネクサス」の力によるものだったのである。

サピエンスが世界を征服したのは、情報を現実の正確な地図に変える才能があるからではなかった。成功の秘訣はむしろ、情報を利用して大勢の人を結びつける才能があるからだ。

『NEXUS 情報の人類史 上 人間のネットワーク』p53

危険なパラドックス—つなぐ力と真実の緊張関係

「ネクサス」理論がもたらす最も衝撃的な洞察は、真実と虚偽が同等の「結合力」を持ちうるという認識だ。

ハラリは月面着陸を例に挙げる。

たとえば、一九六九年七月には六億人がテレビの画面に釘付けになり、ニール・アームストロングとバズ・オルドリンが月面を歩くのを見守った。テレビの映像は、三八万四〇〇〇キロメートルの彼方で起こっていることを正確に表していた。そして、その映像を見ることで、畏敬の念や誇り、人間としての同胞意識が高まり、それが人々を結びつけるのを助けた。

『NEXUS 情報の人類史 上 人間のネットワーク』p49

そして対照的に、

ときには、現実の誤った表示も社会的なネクサスとなりうる。たとえば、陰謀論の何百万もの支持者が、月面着陸はなされなかったと主張するユーチューブの動画を観ているときがそうだ。動画の画像は現実を誤った形で表示しているが、それでも既成の権力機構に対する反感や、自らの知恵を誇る気持ちを引き起こし、それが団結力のある新しい集団を生み出すのを助けることがありうる。

『NEXUS 情報の人類史 上 人間のネットワーク』p49~50

このパラドックスこそ、現代の SNS 環境と偽情報の広がりの核心に迫るものだ。

SNS のアルゴリズムが最適化するのは「真実」ではなく「エンゲージメント」—つまりつながりの力なのである。


人々は真実に近い情報よりも、自分たちの仲間意識を強める情報を好む傾向がある。

エコーチェンバー現象も、ただの「似た意見の集まり」ではなく、「情報を通じた社会的なつながりの強化装置」として理解できる。

私たちは真実を求めているのではなく、同じ情報を共有する仲間への所属感を確かめたいのだ。


ハラリはこの力の危うさを歴史から示す。

不幸にも、この能力は嘘や誤りや空想を広めることと分かち難く結びついている場合が多い。だからこれまで、ナチスドイツやソ連のような、テクノロジーが発達した社会でさえ、妄想的な考えを抱きがちだったのであり、そうした妄想によって、必ずしも弱体化しなかったのだ。それどころか、人種や階級といったものについての、ナチスのイデオロギーやスターリン主義のイデオロギーのような集団妄想は現に、何千万もの人々に足並みを揃えていっしょに進ませる上で役に立った。

『NEXUS 情報の人類史 上 人間のネットワーク』p53

AI が情報生成の中心となる今、この洞察はさらに重要になる。

「真実」かどうかに関係なく、最も強く人をつなぐ情報こそが AI によって計算・最適化される可能性があるからだ。

  • もし SNS で急速に広がる「事実」が、実は AI によって人間心理を計算し尽くして設計された「つながり最大化情報」だとしたら?
  • 社会のまとまりが、時に真実よりも幻想に支えられているとしたら?

次にスマホを手に取るとき、その「情報」が何を伝えるかだけでなく、誰と、何とあなたを「つなげている」のかを意識してみよう。

そして問うてみよう—私たちは本当に「真実」を求めているのだろうか?それとも「つながり」を求めているのだろうか?

この問いに向き合うことが、情報があふれる時代を生き抜くための第一歩なのかもしれない。

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