『人生の短さについて』ってどんな本?
『人生の短さについて』ってどんなことが学べるの?
このような人に向けて、セネカの『人生の短さについて』をわかりやすく要約。
セネカの主張はとってもシンプル。それは…
人生が短いのではない。我々が時間を無駄遣いし、人生を短くしているのだ
というもの。多忙な生活から離れ、時間を有効に活用する方法を知れば、私たちの人生はうんと長くなるのです。
『人生の短さについて』では、このような人生の短さという問題がテーマ。時間に追われ、忙しい毎日を送る現代の私たちが、今の生き方を見つめ直す上で、重要なメッセージがそこにはあります。
2000年読み継がれてきた名著のエッセンスを、一緒に味わっていきましょう。
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【セネカ】『人生の短さについて』わかりやすく要約
著者のセネカ(BC4年頃〜AD65年)は、ローマ帝国の政治家、哲学者、詩人。『人生の短さについて』は、セネカの義理の父親だと言われるパウリヌスという人物に宛てられたメッセージです。
パウリヌスは、当時、ローマ帝国の食料管理官として働いており、その仕事はきわめて責任が重く、多忙を極めました。
そこでセネカは、パウリヌスに対して、この多忙な職から身を引き、閑暇な生活を送るように勧めています。
『人生の短さについて』は短編ですし、訳もとっても読みやすいので、古典初心者にも最適な一冊です。2000年読み継がれてきたセネカのメッセージとはどんなものなのでしょうか?
人生が短いわけではない、我々が人生を浪費し、短くしているのだ
われわれが手にしている時間は、決して短くはない。むしろ、われわれが、たくさんの時間を浪費しているのだ。じっさい、ひとの生は十分に長い。そして、偉大な仕事をなしとげるに足る時間が、惜しみなく与えられているのである。ただし、それは、人生全体が有効に活用されるならの話だ。
『人生の短さについて』セネカ(著)中澤務(訳)
多くの人はお金を他人に分け与えようとする人などいません。しかし、不思議なことに時間はいとも簡単に与えてしまいます。時間は、あらゆるものの中で最も高価なものであるにもかかわらず…。
贅沢三昧や怠惰の中で人生を浪費していると、ついに一生が終わり、死ぬときになってきっと後悔するでしょう。
もしくは、自分が死すべき存在だということを忘れ、五十や六十という歳になるまで計画を先延ばしにするのはなんと愚かなことでしょうか。
われわれは、短い人生を授かったのではありません。われわれが、人生を浪費し、人生を短くしているのです。
「生きること」を追究せよ
生きることを知るのは、なによりも難しいことなのだ。ほかの技術の教師なら、どこにでもたくさんいる。なかには、年端もいかぬ子どもが習得してしまい、それを教えられるまでになった技術さえ目にする。しかし、生きることは、生涯をかけて学ばなければならないのだ。さらにいえば――あなたはいっそう驚くことだろう――死ぬことも、生涯をかけて学ばなければならないことなのだ。
『人生の短さについて』セネカ(著)中澤務(訳)
数多くの偉大な人物が、すべての邪魔ものを捨て去り、財産も地位も快楽も投げうって、生きることを知るというただひとつの目的を、人生の終わりまで追求し続けました。
にもかかわらず、彼らの多くは、自分はいまだそれを知らないと告白して、人生を去っていったのです。だから、ましてや、人生を浪費する多忙な人たちが、「生きること」を知ることなどあり得ません。
セネカはそうした人生の浪費を徹底的に排し、「生きること」「真理」を探求する生き方を私たちに提案するのです。
「生きること」を死ぬ直前まで追求した古代の哲人たちに、例えばソクラテスやプラトンが挙げられるでしょう。彼らについても記事を書いていますので、ぜひあわせてお読みください。
他人の評価のために生きるべからず、自分の人生を生きよ
多忙な人は、みな惨めな状態にある。その中でもとりわけ惨めなのは、他人のためにあくせくと苦労している連中だ。彼らは、他人が眠るのにあわせて眠り、他人が歩くのにあわせて歩く。だれを好いてだれを嫌うかという、なによりも自由であるはずの事柄さえ、他人の言いなりにならなければならない。
『人生の短さについて』セネカ(著)中澤務(訳)
セネカはいわゆる、出世のために生きることを否定します。
彼は、「高官の着用する服を幾度もまとってきた人を見ても、議場や法廷でその名がもてはやされている人を見ても、うらやましいと思ってはいけない」と述べるのです。
なぜなら、そのようなものを手にするためには、人生を犠牲にしなければならないのですから。
出世のための社内政治や、最近では「インフルエンサーになりたい」という謎の目標のために、SNSのフォロワー稼ぎに精を出す人がたくさんいます。そんな生き方は「時間の無駄!」とセネカは一刀両断することでしょう…。
過去の偉人を訪れれば、いっそう幸福となり、自分をより愛することができる
自然は、われわれに、すべての時代と交流することを許してくれる。ならば、われわれは、この短く儚い時間のうつろいから離れよう。そして、全霊をかたむけて、過去という時間に向き合うのだ。過去は無限で永遠であり、われわれよりも優れた人たちと過ごすことのできる時間なのだから。
『人生の短さについて』セネカ(著)中澤務(訳)
セネカは真理を探求するような生き方を推奨しますが、その中で、過去の偉人から学ぶことを強く勧めます。
ゼノン1、ピュタゴラス2、デモクリトス3をはじめとする学問の神官たちや、アリストテレス4やテオフラストス5などの哲人たちは、いつでも時間を空けてくれるでしょう。
彼らは、決して、あなたの人生の年月を無駄には使わせることはありません。むしろ彼らは、自分の年月を、あなたにつなげてくれるのです。
彼らと交流することで、危険な目にあうことも、命を狙われることも、金を失うこともありません。
むしろあなたは、彼らのもとから、なんでも望むものを持ち去ることができるのです。(もちろん、あなたは彼らのすべてを汲み取ることはできないかもしれませんが…)
彼らのもとを訪れれば、帰るときにはいっそう幸福になり、自分をいっそう愛するようになっているのです。
まとめ
セネカは、俗世間的な喜びは時間の無駄だと喝破し、「生きること」「真理」を探究する生き方を推奨します。
彼の意見は少し極端なところもあるので、「それだけが人生じゃないよね?」と中には抵抗したくなる人もいるかもしれません。
『人生の短さについて』は2000年近く前の本なので、時代的なギャップはあるとは思うのですが、「自分が人生を賭けて追究したいことからブレてはいけない。そのために無駄にする時間はない」というメッセージは間違いなく今でも有用です。
「毎日忙しいけれども、どうにも人生が充実していない…」と感じる人たちは、ぜひ本書を手に取り、哲人の言葉に耳を傾けてみてはいかがでしょうか。